第10回 | ナノ
ねえ大地、ちゃんと聞いてくれてる?と言って今にも泣きそうな顔をしているのは別にクラスメートでも、部活の仲間でも、ましてや彼女でもない。ただの幼馴染みである。
俺の部屋のど真ん中、しかも目の前で小さくなっている彼女を眺めつつ、ちゃんと聞いてるよと苦笑いした。

小さい頃は4つ歳の離れたなまえの背中を追っていたっけ。
あの頃の彼女は意地っ張りで絶対に泣かなかったなあ、というなんとなく“強い人”なイメージがあった。
そんなことを考えながら彼女の話を聞いていると、愚痴の多かったなまえの口から願望が零れ落ちた。

「もうやだ、ちゃんと恋したいよ……大地」

話を聞く限り、今まで付き合ってきた彼氏がずっと隠れて浮気をしていたらしいのだ。しかも、その事でいきなり相手の女性から罵声を浴びせられたというのだからそれは誰だって傷つくだろう。
実際にそんな酷いことをする奴もいるんだなと内心驚いた。

「そんな男に騙されたままより良かったんじゃないか」

「…………ん、そうだけど」

でも、終わりにするならちゃんと終わりにしたかったの。
そう呟いて膝を抱えるなまえ。その様子がなんだかとても寂しく見えて、抱きしめたい衝動に駆られた。

「……なまえ、ちょっとごめん」

そう断ってからなまえに近付いた。もっとも、彼女は何をされるか全く分かっていないようだけれど。

膝を抱え込んだままのなまえを後ろからがっしりと抱きしめた。
こうしてみると、本当になまえは小さい。そもそも女子を抱きしめることなんてないから詳しいことは分からないが、自分がいくら運動部男子だとしてもこんなに差が出来るものなのだろうか。

「……年下だし幼馴染みだしで、ときめきはないかもしれないけど」

俺だって、抱きしめることくらいは出来るよ。
そう言えばなまえは小さく笑い出す。初めは遠慮していたのか定かではないがその笑い声は徐々に大きくなって、最終的には明るい笑い声が部屋に響いた。

「はー……まさか大地が抱きしめてくれるなんて。びっくりしちゃった」

えへへ、と笑うなまえの目元は少し赤くなっていた。よく見れば、涙が伝った痕も。
別に彼女を自分のものにしたいとか、そんな邪な気持ちから抱きしめた訳ではない。でも、なまえが笑いながらこったを見たときに悔しく思った。
自分なら、こんな風に悩ませたり泣かせたりしないのに。
そんな思いがじわじわと心を蝕んでいく。

「……なあ、なまえ」

なあに?と存外明るい声での返事に笑みを浮かべながら、もう一度だけなまえを抱きしめた。
ゆっくりと身体を離し、彼女との距離をとったところで言いたいことを口にする。

「辛いことがあったらいつでも来て良いけど。……絶対に、幸せになってくれな」

そういった後に「飲み物とってくる」と部屋を出た。
パタンと扉を閉めて暫く静止する。自分は正しいことをしたのだろうかと。
でもそんな思いも、部屋をでる前に一瞬見えたなまえの笑顔に溶けてなくなった。
自分はなまえが幸せなら、それでいいのだ。彼女を幸せにする相手が、自分ではなかったとしても。


(君が幸せになれるなら誰だって良いよ。ただ、どうしても誰とも幸せになれないなら俺が一生かけて幸せにしてあげる)
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