第10回 | ナノ
ホグワーツの無機質な廊下に差し込む優しいオレンジ色はいつ見ても綺麗だ。人の出入りが少ないこの場所で、ゆっくりと闇へと落ちていく夕日を一人ぼんやりと見るのがたまらなく好きな時間である。この時間は嫌なことを全部忘れ、荒げた心もゆったり落ちつく。


「なまえ、やっぱりここにいたのか」
「…トム」
「その名前は捨てたと言っただろう」


困ったように眉を下げ、わざとらしくため息を漏らしながら私の隣へとやって来た。緑色のローブが夕日に照らされ、黒く染まっていく。夕日を見つめるトムの顔は、それはもう釘付けになるほどに美しい。こんな彼が世にも恐ろしいことを考えているなんて、一体誰が気付いているのだろうか。


「あと一週間だな」
「うん」
「寂しいか?」


その言葉に夕日を映していた私の目線はトムへと移る。気付かないうちにトムも私の方を見ていたようで、綺麗な瞳に私の顔が映っていた。彼は一体何を思い、私にそう聞いてきたのだろうか。相変わらず彼の意図することが分からない。


「寂しいと言えば寂しい。だって七年間もここにいたのよ。トムは違うの?」
「さぁ、どうだろう」


私には答えさせておいて、トムはその質問には応じないつもりらしい。けれど、これかトム・リドルなのだ。ホグワーツに入学してからの七年間、同じ寮で生活してきた。それなのに、私は彼のことを全くと言っていいほどに理解することが出来なかったのだ。

元が違う人間なのだから、全てを知ろうと思うことが間違っている。でも、私は誰よりも近い場所でトムのことを見て来た。優等生らしく振る舞う姿、監督生らしく人の上に立つ姿──闇の中で嬉しそうに笑う姿。


「結局七年もあったのに、なまえを自分のものに出来ることは出来なかったな」
「残念でした」
「そう思うなら僕に着いて来てよ」
「嫌。あんな陰気臭い場所で働きたくないもの」


するとトムは眉間に皺を寄せて私を見た。成績優秀なトムがホグワーツで働かせてもらえない理由を知っている私としては、その表情が可笑しくて思わず笑ってしまう。それがトムの癇に障ってしまったようで、軽く頭を叩かれる。


「あの糞ジジイ、いつか絶対に殺してやる」
「そんなこと言っていいの?聞かれてるかもよ」
「構わないさ。どうせ気付いているんだから」


誰が見ているか分からない場所で、こんなにも暴言を吐くのは初めてだろう。卒業まであと少しとは言え、築き上げてきたものが壊れてしまったら困るのはトムなのに。けれど彼はそんなことを気にしていない様子で、まだダンブルドア先生のことを悪態ついていた。


「ホグワーツを卒業したら、もうなまえとは会えないんだろうか」
「どうして?」
「なまえはここで働くのだから、会うことなんてほとんど出来ないだろう?」
「あぁ、確かにね。じゃあ卒業してバイバイかしら」
「…なまえはそれでいいのかい?」


なぜこんなにも悲しげな表情をするのだろう。その視線に耐えきれず、私は夕日に視線を戻す。それはさっきよりも沈んでいて、少しずつ闇が大きくなっていく。薄暗くなった空には、薄らと月が見えた。


「なぜトムはそんなにも私に執着するの?」
「理由が必要かい?」


やっぱり私からの問いには答えてくれない。いつもこうだった。トムは私からの質問に返答することはなかった。七年間こうであったから疑問に思ったことは無かったけれど、よく考えればおかしなことだ。


「ねぇ、トム」
「なんだい?」
「そんなに私が欲しいなら奪ってみて。貴方なら簡単なことでしょう?」


もちろん返事は無い。けれどその代わりに、トムの綺麗な指が私の指に絡まる。目線をトムへと動かす。トムは落ちていく夕日を黙って見つめていた。そしてまた、私も静かに夕日を目に映した。
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