第10回 | ナノ
彼は自分の名前を名乗らない。それが当たり前であるかのように、本名を口にせず自己紹介をするのだ。自らの名を恐れているかのような、呼ばれることで引き起こされる何かを怖がっている。
変な人、略して変人。
なんだか変な人の方がオブラートに包んで聞こえるが変人でいいと思った。
そんな彼は何かしら面倒事に巻き込まれるのか、怪我をよくしているイメージがある。休みまくることを考えれば、病弱ともいえるかもしれないが、病弱のイメージはない。
なぜか気になっている私を見かねた友人にいらないアドバイスをもらった。どうやら私は彼が好きらしい。まったくもって理解しにくいが、好きなのだろう。多分、多分だけど。
彼の本名を知ると不幸になる。不幸になる、怪我をする、死んでしまう、壊れてしまう――負のオンパレード。
そんな馬鹿な、と思うような噂だ。だけど、それが事実なら彼が本名を名乗らない理由に納得できる。
優しい人なのかな。優しいけど寂しい人なのかな。
そんな彼はどこか遠くてなかなかお喋りなんてできなかったけれど、会話をする機会があって、仲良くなれた。仲良くなればなるほど、気になって気になって、好きなのかなあ、なんてぼんやり考える。
だから、私は彼の名前が知りたくなった。名前を呼ばれるのはくすぐったくて、嬉しくて幸せだから、そのことを彼にも感じて欲しいと思った。
例え、彼の名前を知って、呼ぶことでこの身に不幸が降り注ごうと、あなたの名前を呼べることは幸せなことだと笑って伝えたいから。名前を呼ばれることが嬉しいことだと知って欲しいから。




(名前を呼んでも構いませんか)

「いーくん、ううん。××××くん、私はあなたが大好き。名前を呼べて嬉しいよ。幸せだよ」
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