第1回 | ナノ
偶然見つけてしまったのは、帰り道。亮くんが、わたしが知らない女の子と手を繋いでいた。わたしの遠くを行くその背中を見つけて、嬉しくて声を掛けようと駆け出した時、隣に可愛らしい女の子を見つけて、わたしは行き場を無くす。立ち止まり見つめれば、女の子に優しく笑いかけている亮くんに気付いて。暫く呆然と二人を見ていた。頭を駆け巡るのは、わたしが亮くんに対して淡く抱いていた感情が脆くも崩れていく小さな音。

無意識のうちに家に帰って部屋に辿り着き、それから急に我に返ったと思えば、ベッドに俯せになって悶々としていた。

そりゃあ、彼女くらい出来るよ。

何時までも何も出来なかった弱虫のわたし。幾千の日々、恋い焦がれて過ごしてきたのに、「好き」だなんて一度も言えなかった。言えた所で、叶わなかったかもしれないけれど、それでも前に進む事は出来たのになぁ。仲睦まじそうな二人の様子を思い出して、目尻には涙が滲む。溢れ落ちそうになって、慌てて両手で目を擦った。誰にも見られないのだから、泣いてしまえば良かったのに。わたし自身はそれを拒んだ。

幼い日、亮くんに出会って、恋をした。誰も知らないわたしの気持ち。伝えるのは下手くそで言えなかったけれど、それを隠すのは上手だった。子供ながらにそれが恋心と気付いてから、亮くんと一緒に居る時は心の中がきゅうっと苦しくて、だけど傍に居れる事が幸せで、毎日はきらきら輝いていた。亮くんの後ろを追い、駆けては転んで、先を行ってた筈の亮くんは振り返ってわたしに手を差し伸べてくれた。あの頃を今思い出しても、まるで宝石の様に未だ煌めく。

ふと気が付くと、辺りは真っ暗になっていて、何時の間にかわたしは眠っていたみたいだった。幼少期の頃の思い出を久々に夢で見た。年を重ねる毎に、わたしと亮くんの距離は遠くなっていって。わたしが「好き」を言えなかった原因のひとつは、会える機会が減ったせいもある。それでもやはり、会って顔を見ると、嬉しくて苦しくて、弱虫な心には勝てなかった。けれどずっと、思い続けていたの。

会えなくても、
顔が見れなくても、
話が出来なくても、
何も言えなくても。

ずっとずっと、亮くんだけを思って、今日までを挫けずに歩いてこれたのに。どうして、何も出来なかったんだろうね。きっとわたしが幼少期に縋ってばかりで、今を見つめなかったからかもしれないね。悲しいけれど、寂しくて仕方無いけれど、わたしは何時までも貴方の隣を歩く事は出来なかった。

次の日、わたしは亮くんに通学路で出会う。登校時間が同じ頃なんて滅多に無くて、それに亮くんから声を掛けられた事が久々過ぎて驚いていたら、亮くんは苦笑いした。一緒に学園に向かうけれど、やはりわたしは亮くんの斜め後ろを歩いていた。今ならば幼少期と違って、歩幅を合わせて傍を歩いてくれるのに、わたしは態とこの距離を歩く。だってもう、亮くんには隣を歩く子が他に居るでしょう。それでも、気持ちが込み上げる。叶わなくてもいいから、言葉にしてしまいたくて、わたしは亮くんの隣に出る。

「亮くん。わたし、」

言葉を紡ごうとした途端、一際強い追い風が駆け抜ける。それは、あの日亮くんを追い掛けて行ったわたし自身の面影に重なって。

「……やっぱり、何でも無い。それから、おめでとう」

今、あの日々と共に臆病な恋心は思い出に変わる。


瓶底のジェム


指先を必死に伸ばしたって届かない思い出にはもう、蓋をしてしまおう。そうすれば、触れずとも眺めて懐古するだけになれるから。
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