04
男はメスを突き付けられた喉をさすりながら悪態をついた。
「これが取引なもんか、ガキめ」
侵入者をよく見ると、十代前半の痩せた少年だった。自分はこの少年の何に畏縮していたのか。
「あれ、おっさん、そんなにおれが気に入らない?」 「当たり前だ。第一印象は最悪に決まっている」
吐き捨てるように言ったのに、まるで愉快なジョークでも聞いたかのように少年は軽やかに笑った。
「へぇ。なら、」
少年の瞳がこちらを向く。灰色の目。射竦められる。 ああ、この目だ、私はこの目に畏縮したんだ。
少年は月明かりに身を晒す。初めて顔が見えた。少女のように美しく、それでいてしなやかな強さを伺わせる顔。 一瞬、不覚にも見とれていた。
「なら、試してみる?」 「は?」
少年の手がこちらに伸びてくる。その指は顎に触れ、頬を撫で、唇をなぞる。ぞくりとした。
「味見してみるかって聞いてんの。おれ、上玉だぜ」
言葉も出なかった。完全にこの少年のペースに流されている。 主導権は、家の主で劇場支配人である男ではなく、真夜中の侵入者である少年にあった。
支配人が翌朝目覚めると、腰のあたりに倦怠感があった。ぼんやりとした頭で怪訝に思い、はっと昨夜の出来事を思い出した。 反射的に隣を見るが、あの少年の姿はなかった。 夢か…と思いかけるが、腰のだるさは本物だ。こんがらがる頭をかかえながら、とりあえず起きる事にした。
もそもそとベッドから出て着替え、洗面所へ向かう。途中、台所から物音がした。覗いてみると、そこに昨夜の少年がいた。
「なんとも早いお目覚めで」
目が合うと少年は皮肉を言った。
洗面所へ向かうのを取り止め、少年の座る椅子の向かい側にどっかりと座る。
「雇われ者なら雇い主には敬語を使え。礼儀の基本だろうが」
あくびをし、目をこすりながら言い返す。 少年は馬鹿にしたように鼻を鳴らし、さらに毒気を含む皮肉で切り返してきた。
「これはこれは、申し訳ございません、閣下」
少年は立ち上がり、コップの水を飲む。 白いワイシャツを羽織っただけの姿。すらりと伸びた細く形の良い脚。 思わず見てしまい、男は赤面して目を逸らす。
「あ、そういえば、おっさん。シャワー借りた。あんたも浴びれば」 「は?あ、ああそうだな」
月明かりではなく昼間の明るさのもとで見る少年はやはり美しかった。姿形だけでなく、仕草までが優雅だ。 上の空で返事をする。 少年は男の赤面を目ざとく見つけ、得意気に笑った。
「言ったろ、上玉だって」
くっくっくっ。 笑い声が勘に障る。
「自惚れめが」
さっさとシャワーを浴びようと立ち上がる。 もしかして、と少年が声をあげた。
「あんた、男とは初めてだったんだ」
舌打ちをする。
「あ、図星?何事も経験だぜ?しかもおっさん、自分の商売の事くらい知ってなきゃ」 「黙れ。青二才に言われる筋合いなぞない」
そう言い捨て、台所を後にする。青二才はどっちかな、という憎らしい声を背中で聞きながら。
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