06
「なによあいつ、今度はコスプレで通り魔?」
デパートの廊下を走りながら沙布が叫ぶようにして言う。
「…通り魔…」 あのネズミが通り魔…? ほんとに、そうなのかな。 確かに、フェネックを襲っていたけれど…。
「ところで紫苑、なにそれ?ぬいぐるみじゃないよね?」 「わからない、わからないけど…助けなきゃって…」
腕のなかのフェネックはすでに気を失っている。 このひどい怪我…どうやって治療してあげたらいい? こんなことをネズミがしたなんて、思いたくない。
紫苑は、廊下で詰問された時のネズミの目を思い出していた。
あんた、自分の人生が尊いと思うか
あの鋭く冷たい眼光は、忘れられない。そこにあったのは、虚無。 諦めにも似たその光は、命の躍動とはほど遠い。 どうして?
「ねぇ」 沙布の怯えた声が紫苑の思考を中断する。
「おかしくない?」 「え?」 「走っても走っても、抜けられないよ…」
はっと辺りを見回す。
「非常口が…ない」
さっきまで廊下の先に光っていたはずの、緑の光がない。 いつの間にか、二人は迷路に迷い込んでいた。 進むたびに、道が変わっていく。
途方に暮れて立ち止まる。 そこは不思議で不気味な世界だった。
「紫苑!ねぇ、あそこに何かいる!」
極彩色の蝶、毒々しい色の薔薇、鬚の生えた跳び跳ねる綿… 綿が甲高い声で歌う。
Those are unknown flowers to me. Yes, they are unknown to me too. Let's cut them off. Yes, let's just cut them off. We present the roses to our queen.
知らない花が咲いてるぞ 知らない花が咲いてるぞ 摘んでいこう 摘んでいこう 女王様に薔薇をプレゼント
シャキン、シャキン。 ハサミの音が響く。薔薇の花が切り取られていく。
「ねぇ、紫苑、これ、夢だよね…、わたし、悪い夢を見てるんだよね…?」 沙布が半泣きで紫苑の腕にすがる。 しかし紫苑のほうも身がすくんで動けない。
シャキン、シャキン。 迫ってくる。切り取られる。
跳び跳ねる綿から逃れようと、紫苑も沙布も後退る。 だが巧妙に囲まれ、退路を断たれる。
動けない。恐怖に身がすくんで、動けない。 紫苑は抱えたフェネックを抱き締め、固く目をつむる。
──ごめん、助けられなくてごめんね…
ハサミの音が迫り、覚悟を決めたその時、虹色の光が綿を弾き飛ばした。 明るい声が響きわたる。
「あぶなかったな、君ら。でももう大丈夫!」
鬚の綿の歌っていた歌詞はドイツ語だったのですが、ウムラウトが出ないので、英語表記にしました。 でもとりあえずメールドイツ語で載せときます。 (間違っている可能性が高いので、気が付いたらご指摘くださると助かります…)
Das sind mir unbekannte Blumen. Ja, sie sind mir auch unbekannt. Schneiden wir sie ab. Ja schneiden doch sie ab. Die Rosen schenken wir unserer Koenigin.
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