04


下校途中、紫苑はふらふらと歩く力河を見つけた。
まだ日のあるうちから酔っぱらっているのだろうか。

「力河さん、危ないですよ」
家まで送りましょうか、と続けようとして、はっと言葉に詰まる。
振り返った力河の目が、濁っている。とろんと目尻が下がり、視線が定まっていない。

「…し…おん…?」
力河は紫苑を認め、嬉しそうに顔をほころばせる。呂律も回っていない。

「ああ、紫苑、いいところに来た!今からおれぁ…、素晴らしい楽園へ行くんだ…」
「り、力河さん…どうし…」

はっ、と力河の首についた模様に気付く。魔女の口付けのマーク。

力河さん、魔女に操られてるんだ、はやく、はやく呪いを解かなくちゃ。

「ほら、紫苑も、一緒に来るといい…!」
力河に強引に腕を引っ張られ、紫苑も引きずられるようにして歩く。

呪いを解かなくちゃ…でも…でも、どうやって?
今まで頼りにしていた山勢は、もいいない。

力河は千鳥足に歩きながら陽気に鼻歌なんかうたっている。
そして辺りを見回すといつの間にかたくさんの人々が、力河と同じ方向に向かって歩いていた。

紫苑はその中に楊眠の姿を見つける。

そうだ、楊眠さんなら…いつもしっかりしていて頼りに…彼なら…

呼び掛けようとして、ひっと言葉を飲み込む。背筋が凍る。
楊眠の首にも、はっきりと魔女の口付けが刻印されている。
楊眠だけじゃない。道を歩くどの人の首にも魔女の口付けがあった。
みんな一様に幸せそうな顔をしている。操られている。自我がない。
この中で自我があるのは、紫苑だけだった。

やばい。

本能が警告する。今すぐ逃げろと。
しかし、力河にがっちり腕を掴まれ、逃げるに逃げられない。

やがて操られた人々は、オフィスらしき建物の一室に集まった。
殺風景なその部屋の真ん中に、ひとつバケツが置かれている。そのまわりには大量の洗剤が。塩素系漂白剤も、酸性洗剤も混じっている。

人々は小さな部屋の窓やドアを閉め切り、洗剤を次々とバケツに空けていく。

「だっ…だめだ、それはだめだっ」
紫苑は叫ぶ。力河の腕を振りほどこうともがく。

「なんだ?紫苑、邪魔するな」
「力河さん、離して!こんな密室で塩素系漂白剤と酸性洗剤を混ぜたら…ここにいる人みんな、塩素ガス中毒で死んでしまう!」

紫苑は必死にまくし立てる。対照的に力河はへらっと笑い、濁った目を細める。

「そうだ、おれたちはこんな浮き世を離れて、なんの苦しみもない極楽浄土へ行けるのさ。なあ、素晴らしいだろう?」

集団自殺…なるほどこれは魔女の操る集団自殺だったのか…!

部屋に異臭が立ち込める。
少しゆるんだ力河の腕をやっとのことですり抜け、部屋の中心に置かれたバケツをひったくる。

「な、おい、何をする!」
「返せ、小僧!」

操られ狂った人々の罵倒を背に、紫苑は部屋を飛び出し、窓ガラスを割り外へバケツを投げ捨てる。

ほ、と息をついたのも束の間、人々が続々と部屋から飛び出し、紫苑を追いかけてくる。

やばい…殺される。
逃げなければ…今度はあの人たちに殺される。


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