03


いつの間にか、冷たい雨が降り出していた。
ぽつり、ぽつり、と降り注ぐ水滴は、少しずつ、少しずつ、憔悴した沙布の体温と気力を奪っていく。
沙布がふらつく。
見かねた紫苑は、バス停のベンチに座って休むよう促した。

「沙布…」

紫苑はおずおずと口を開く。
隣に座る、消耗しきった沙布からは全く反応がない。その手に握り湿られたソウルジェムは、以前のような透き通った水色ではなく、寒海のような濃い青に変化していた。……もうずいぶん、濁ってしまっている。

「あんな戦い方ないよ…見ているこっちが痛いよ。傷つく沙布を見るのは、辛いよ……」

くすっ。自虐的な暗い笑みを沙布は漏らす。

「…紫苑、わたしは痛みを感じないのよ。ほら、傷も魔法で治ってる。心配いらないわ」
「痛くないから傷付いてもいいの?だめだろ。魔力が尽きたらどうするんだ?いつか本当に壊れちゃうよ」
「……何が、言いたいの、紫苑?安全に戦ってほしいとでも言うの?」

ずっと俯いていた沙布が、ゆっくりと顔を上げる。
その目には驚くほど生気がなかった。虚ろな瞳で沙布は言う。

「ああでもしなきゃ勝てないのよ。わたし才能ないから」
「それで勝ったとしても沙布のためにならないよ」
「わたしのためってなに?」

ワタシノタメッテナニ?

棒読みで沙布は問う。紫苑の背に寒気が走るほどの、絶望に満ちた声。

「魔女を殺すことしか意味のない石ころのわたしに、何がためになるの?」

紫苑の目の前に、沙布はソウルジェムを突きつける。心なしか、先ほどより色が暗くなったようだった。
そういえばフェネックは、ただ体を維持するだけで少しずつ魔力を消費して、ソウルジェムが濁っていく、って…言っていたっけ……

それの意味することは?

紫苑は沙布の危機を感じる。はやく、沙布にグリーフシードを使ってもらわなければ……
はやく、ソウルジェムの濁りを取らなければ…
きっと、もう戻れなくなる。…どこから?

「…ぼくは、ただ、どうすれば沙布が幸せになれるか考えて…」

しどろもどろ、紫苑が答えていると、沙布は突然怒りを爆発させた。

「だったら紫苑が戦ってよ!フェネックから聞いたわ、あなた誰よりも才能あるんですって?わたしのために何かしようっていうならまず、わたしと同じ立場になってみなさいよ!無理でしょ?当然よね!ただの同情で人間やめられるわけないわよね!何でも出来るのに、何もしないあなたの代わりに、わたしがこんな目に遭ってるの。知ったようなこと言わないで!!」

激高した沙布は負の感情を洪水のように吐き出すだけ吐き出すと、いきなり立ち上がった。雨足を強めた水滴が、容赦なく沙布の肩を叩く。その土砂降りの雨の中に、沙布は飛び出した。

「沙布!待って!」
「ついて来ないで!」

その言葉が、言霊となって一瞬だけ紫苑を縛り付ける。その瞬刻が、命取りたった。決定的に二人は引き離された。沙布の姿は雨のカーテンに隠され、あっという間に紫苑の視界から消えた。

「沙布!!」



雨の中を疾走しながら沙布の頬を涙が伝う。

馬鹿ね、わたし。なんて馬鹿なこと言ってるの…
一番守りたかった人に、思ってもないことを言ったりして……
本当に…救いようがない馬鹿よ………


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