05
「奇跡ってのはタダじゃない。希望を祈った分だけ、同等の絶望が撒き散らされる。そうやって差し引きゼロにして、世の中は成り立ってるんだよ」
そう語るイヌカシの表情は、悟りをひらいた仙人のような、諦めにも似たものだった。 おそらくは沙布より若いであろうイヌカシが、そんな大人びた顔をする。それだけの修羅が、魔法少女の人生にはあった。
「おまえさんもおれも、同じ間違いから始まった。 沙布、おまえさんはこれ以上、後悔するような生き方をするべきじゃない」
しかし、それでもイヌカシは諦めきってはいなかった。彼女の瞳から、希望の光はまだ、消えていない。
「魔法少女になった時点で、対価としては高過ぎるもんを支払っちまってんだ。これからは釣り銭を取り戻すことを考えなよ。な?」
そんな芯の強いイヌカシは、魔法少女の真実を知ったショックは沙布と同等のはずなのに、沙布を励ますように明るく笑ってみせた。
沙布は、ひとつ深呼吸をして、イヌカシをまっすぐに見た。
「わたし、あなたのこと色々と誤解してたわ。その事はごめんなさい」
そう言って沙布は真摯に謝り、頭を下げる。しかし、再びイヌカシに視線を戻した沙布の表情は、冷たいものだった。
「でもね、わたしは人の為に祈ったことを後悔してないの。高過ぎるものを支払ったとも思ってない。この力、使い方次第でいくらでも素晴らしいものにできるはずだから」
沙布の紡ぐ言葉は、イヌカシの助言を真っ向から拒絶するものだった。
「…っ、なんで、…」 「それから」
沙布はイヌカシが大切そうに抱えるパンを、すっと指差す。
「そのパン、どうやって手に入れたの?お店でちゃんとお金を払って買ったの?」 「これ…は…、」
身寄りもなく、職業は魔法少女、お小遣いも給料も、イヌカシが貰えるはずはない。イヌカシは実質的に一文無しだった。
「言えないのね。ならわたし、そのパンは貰えないわ」 「な…っ、馬鹿野郎!おれたちは魔法少女なんだ!他に同類なんていないんだぞ!!だからっ、」
だから理解し、お互いに助け合い、協力したい…それを沙布には分かってもらえないのか。
沙布はもう、イヌカシの言い分には聞く耳を持たず、彼女の言葉を遮った。
「わたしはわたしで、自分のやり方で戦い続ける。それがあなたの邪魔になるなら、また殺しに来たらいい。わたしは負けないし、もう恨んだりもしないわ」
言うだけ言うと、沙布は踵を返し、後ろを振り返りもせず、寂れた教会を出ていった。
「沙布…っ」
イヌカシは廃教会に一人残され、、やりきれない思いで、手に持ったパンにかぶりついた。
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