ファミレスで一目惚れ
「ご注文はお決まりですか」
いつものファミレスに入って、メニューを決めた。 テーブルに置かれた呼び鈴を鳴らす。 やって来た麗しい姿のその人は、類いまれな美しい声でそう言った。
ファミレスで一目惚れ
ぼくは我を忘れて目の前の彼を見上げた。 考えていたメニューなんて、すっかり頭から飛んでいた。 それどころか、今自分がどこで何をしているのかさえ、忘れていた。
「あの…お客様。ご注文は…」
形の良い唇を動かし、少し困惑した声音で彼が言った時、やっとぼくの硬直が解けた。 立ち上がり、彼の手を両手で掴む。
「うちに来てください」 「…は?」 「貴方の髪をカットさせてください」 「お客様、」 「お願いします!カットモデルになってください!」
無意識のうちに、叫んでいたようだ。 他のテーブルから、客たちのくすくす笑いが聞こえてきて、はっと我に返る。 しかも自分が、まるで口説くようにそのウェイターに迫っていたことにも気づき、かあっと赤面する。
ぼくが手を放し席に座り直すと、彼は動揺した様子もなく淡々と言った。
「すみませんがお客様。私は勤務中ですので、そのお話はお断りさせていただきます。ところで、ご注文の方をお伺いしたいのですが、よろしいでしょうか?」 「あ…ご、ごめんなさい…。じゃあ…日替りランチ定食で…」
前回と同じメニューを、しどろもどろに言う。 あまりの恥ずかしさに俯けていた顔を上げると、かれの名札が目に入った。 イヴ、とある。
「かしこまりました。日替りランチ定食ですね。ライスとパン、どちらになさいますか」 「えぇと…ライスで」 「食後はコーヒーと紅茶、どちらを」 「…コーヒーで」 「かしこまりました。すぐにお持ちいたしますので、少々お待ちくださいませ」
彼は手早く伝票を書き取り、くるりと踵を返して立ち去ろうとする。 必死で呼び止める。
「ま、待って、イヴさん」 「…はい」 「今日の仕事は何時まで?」 「4時、ですが」 「分かった、ありがとう。勤務中じゃなければ、大丈夫なんだよね」
彼は無表情のままぼくの言葉を華麗に無視し、今度こそ厨房の奥へ行ってしまった。
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