方程式は傾かない


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・戦時下のパロ(第二次世界大戦)
・場所はイギリス
・紫苑(英人)は連合国側の暗号解読者
・ネズミ(国籍不明)は同盟国側から、紫苑を暗殺するために雇われた
・雨の日に紫苑は、傷を負って行き倒れていたネズミを拾った
・紫苑20代、ネズミ16歳
・紫ネズ、ちょっと暗め。ネズミ視点


時々、こいつは馬鹿なんじゃないかと思う。
信じられないほどの頭の良さに釣り合わない、希薄な警戒心。
よくこれで、この世界を生き延びてきたものだ。





装飾品の極度に少ない殺風景ともいえる部屋。
真っ白な髪を持つ彼は、白いシンプルなティーカップをゆっくりと口へ運び、一口紅茶をすする。
その動作は隙だらけで、思わずおれは眉をひそめた。

「紫苑、」
「うん?」
「あんた、人を疑うってことを知っているか」
「知っているよ」

やけにきっぱりと、彼は答えた。
その断言の仕方に、突如として怒りが沸き上がってくるのを感じる。
頭に血がのぼり、耳の奥で大仰な脈拍の音を聞く。
どくり、どくり。

くらりと目眩がして、気がつけば彼を椅子から突飛ばして床に押し倒し、首に手をかけていた。
赤い蛇行跡に両手を絡め、じわりじわりと締め上げる。

「じゃあ、あんたは、」

おれは、何をしているんだ。
心の中のひどく冷めた部分で、もう一人のおれが嘲笑う。
感情的になるなど、なんと愚かな。

「おれを疑わないのか、おれに殺されるかもしれないと、」

それでも、この感情の抑制の仕方を、知らなかった。
震えて掠れる声で、喘ぐように叫ぶ。

「少しも、思ったことはないのか」

彼は抵抗らしい抵抗もせず、苦しげに顔を歪めながらも澄んだ瞳で見上げてくる。
何も言わないのか。弁解しないのか。暴れないのか。
このままおれに、大人しく殺されるつもりか。

「…ネズ…、ミ…っ」

彼は弱々しい声でおれの名を呼ぶ。
そこには、何の感情も含まれていなかった。哀願の響きも命乞いの響きも含めず、ただ、おれの名を呼んだ。
すっ、と熱が醒めていく。指先の力を弛める。
彼はひゅっと空気を吸い込み、激しく咳き込んだ。

「…あんた、ばかだな」
「そうかな」

ごほごほと咳をしながら首を押さえ、彼はまた真っ直ぐにおれを見た。
その目には、脅えも恐れも読み取れない。

「紫苑…おれがあんたを殺すはずがないと、たかを括っていたのか?」
「いいや」
「じゃあ、何故抵抗しなかった」
「殺されてもいいと思ったから」

淡々と、口元には微笑みさえ浮かべて彼は言った。

「ネズミ、ぼくはきみになら殺されてもいい。きみになら、何をされてもかまわない」

白く美しい睫毛に縁取られた瞳が、おれを見据えたままゆっくり瞬く。
こいつはもしかして、狂っていたのか?
胸に疑念がよぎる。
だが、その静かな語り口に耳を傾けるうちに、すぐさまその疑念を打ち消した。

「ぼくはいつか、誰かに殺されるんだろう。他人に命を奪われるくらいなら、自分で終わらせようと思ったこともある。でも今は、」
緩慢な動作で彼は立ち上がる。

「ネズミ、きみがいる」

そう言って彼は、何事もなかったように再び椅子に座り、おれを見る。
そんな清謐な目で、おれを見るな。もっと憎め、恨んでくれ。

感情を含まない視線に畏れを抱き、おれは自分でも気づかないうちに後ずさっていた。
それを目ざとく見つけた彼は、椅子に座ったまま手を伸ばし、おれの手首を掴まえる。

「きみの任務は、ぼくを殺すことなんだろう。だったら、」

彼はおれの手を、自分の首に持ってきて蛇行跡にあてがう。
そこにはもう、蛇行跡に重なるようにおれの手形がくっきりと赤く浮き上がっていた。

「殺せばいい。本望だ。きみに殺されるなら」
「…紫苑」

地上で空気を求める哀れな魚のように、おれはぱくぱくと口を開け閉めし、やっとのことで彼の名を口にする。だが、その後の言葉が続かない。

「…ネズミ?どうして、ためらうんだ?」

彼に自分の名前を呼ばれ、おれはやっとのことで硬直を解かれた。
堰を切ったように言葉が溢れ出す。

「何故だ?あんたこそ、何故そう簡単に諦めてしまう」

彼は相変わらず無表情のまま、おれを見上げるだけで、おれの問いに答える気配はない。

「生きろ。生きろよ、紫苑。死を覚悟する度胸があるなら、地べたを這いつくばってでも生き延びようと、あんたは思わないのか」

再び感情が沸騰し、彼の胸ぐらを掴みあげ、がくがくと揺さぶった。
それでも彼は、我を失うおれに戸惑いながらも瞳の色を変えないまま、困ったように笑うだけだった。


next...?
突発的に書いたもの。
ちょっと真面目な文章を書いてみたかっただけ。
そしたらガチで厨二になった…何故だ。
続きはもう書けないかもしれない…バッドエンドだし。

このお話の紫苑は、「アラン・チューリング」という、実在の人物をモデルにしています。
第二次世界大戦中、エニグマ暗号を解読を解読するなど、実質的に連合国を勝利に導き、終戦に大きく関わったイギリス人。
(だが暗号の機密機関に従事していたため彼の功績は死後20年まで世に知られることはなかった。彼は同性愛者であったため、あろうことかイギリス政府は彼を処罰している)
詳しくはWikipediaをどうぞ!

タイトルは、さまよりお借りしました。


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