06
紫苑は、屋上にいた。今は授業中で、紫苑にしては珍しくサボりだ。
ごろりと仰向けに寝転がり、青空を見上げる。
「…やま…せ…さん…」 小さく、呟く。また涙が込み上げてくる。
ガチャッ。キィー。 屋上の扉が、音をたてる。 紫苑はびくっと跳ね起きる。
「紫苑。ここにいたのね」 「…沙布」
沙布は紫苑の隣に来て座り、紫苑と同じように空を見上げた。 しばらく二人で黙って雲の流れてゆくのを眺める。
「…世界は何も変わらないのに」 唐突に、紫苑は独白のように呟いた。 「なんだか、ぼくたちだけ、違う世界に来てしまった、みたいだね…」
沙布は、ゆっくりと目を閉じる。 「違う世界なのよ」 「え?」 「魔女がいること、山勢さんみたいに戦う人がいること、その人が死んだこと、誰も何も知らないのよ。知らない世界が、あるのよ。それって、違う世界ってことじゃないの?」 「…そう、だね…」
またしばらく、会話が途絶える。 時間はゆっくりと過ぎていく。
『ねぇ、君たち』 次に沈黙を破ったのは、フェネックだった。気配がなかった。いつ現れたのかも分からない。
『魔法戦士になる決心は、ついたかい?願い事は…』 「ごめん」
紫苑が、フェネックの言葉を遮る。
「ぼくには…無理だ…」 また涙が溢れる。
「あんな死に方って、ないよ…。あんなに、山勢さん、強かったのに…」 『なに言ってるんだい、紫苑。言ったじゃないか、君は山勢よりずっと強くなれるって』 「…でも、無理なんだ…」
生きていたい。 生きていること、それがたまらなく愛しい。
『…そうか。わたしだって無理強いはできない。急かすこともルール違反だしね。仕方がない、非常に残念だよ、紫苑』
フェネックはくるりと踵をかえす。
『この契約、普通は二つ返事なんだけど。わたしは、わたしの契約を必要としている子たちを探さなければ』
最後に、フェネックは尻尾を振った。
『じゃあ、さようなら、紫苑』
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。 弱い子で、ごめんなさい。 意気地無しで、ごめんなさい。
山勢さん、ごめんなさい。
「ねぇ!待って、フェネック!」
去っていくフェネックを、沙布は一人で追いかけた。 フェネックは、まるで沙布が追いかけてくるのを予期していたように、屋上の扉の外にいた。
「山勢さんが、いなくなって、この町はどうなるの」
『ああ、ここはながらく山勢のテリトリーだったからね。だが、山勢が死んだことを聞きつけて、すぐに他の魔法少女がやって来るだろう』
「…そうやって…わたしたちはいつも…他の誰かに守られて…」
『気にすることはないよ。魔法少女になる子たちっていうのは、その一生涯を引き換えにしてでも叶えたい願いがあったのだから』
「…でも」
『話はそれだけかい、沙布』
フェネックの双眸が、赤く光っていた。
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