リセットの効かない恋患い


!)学パロ、エイプリルフールver.2


彼は、はじめから誰よりも目を惹き付ける存在で、誰もが彼に見惚れた。その瞬間は、時間を忘れてしまうほど。そしてその後はっと我に返り、恥ずかしくなって目を逸らす。けれど、また見たいという欲求には逆らえず、こっそり視線だけで彼を見つめる。
…だいたいみんな、こんな感じだ。彼を眺めるついでに、彼を取り巻く人々も観察してきたから、もう見慣れた行動パターンだ。

だから、今朝も彼を見ていた。
彼は少し盛りの過ぎた桜を見上げ、舞い散り続ける桜吹雪を一身に浴びていた。

桜、か。桜など目に入りはしない。この世で彼より美しいものなどあるだろうか。

彼はゆっくり手を伸ばす。見られることに慣れた動作。彼の所作は、誰かが見ていることに気付いているかのように、いつどこから見ても整っていて、美しい。

彼の伸ばした手のひらに、ひらりと桜の花びらが舞い降りた。彼はその花びらを慈しむようにつまみ上げ、ポケットにしまった。

あ、あの花びらになりたい。

つい、そう思ってしまう自分は、相当彼に参ってしまっているんだろう。





彼が席につくのを待ってから、自分も彼のひとつ前の席に着席する。この席順が恨めしい。逆なら、彼の後ろ姿を飽くことなく眺め続けることができるのに。

仕方がないから目を閉じ、瞼の裏に彼の姿を思い起こす。

彼が本を読む姿が一番好きだ。
伏せられた目蓋を縁取る長い睫毛が、白い頬に影をつくっている。彼はまさに、白磁としか形容しようのない肌を持っていた。純血の日本人ではないのかもしれない。でなかったら、日本中の女子が彼に嫉妬するだろう。
しかし彼は、大和撫子のような、まっすぐで黒い髪をも持っていた。長めのその髪はたいてい頬にこぼれかかっていて、読書の時には邪魔そうだといつも思う。実際、彼は本に視線を落としたまま、時折それを耳にかける。その仕草がとびきり好きだ。
それに彼は、ほんの時たま、呟くように唇を動かすことがあった。本の台詞でも追って、口ずさんでいるのだろうか。作り物のように完璧なバランスの、清楚でありながら艶っぽさを宿すその唇から目が離せなくなる。触ってみたい。キスしてみたい。

そんな事をちょうど考えていた時だったから、…ひどく驚いた。

ふわりと、優しく頭を触られる。その手が、まるで慈しむように、くしゃりと髪をかきまぜる。
振り向いてみると、それは彼の仕業で、心臓が一回転したかと思うほど仰天した。

「ん?なに?」

それでも平静を装い、彼を見る。なぜだか、彼も驚いているみたいだった。

「…桜の花びら」

ぽつりと、彼は言った。
あ、綺麗な唇が動いている。
あ、声も…例えようがないくらい、素敵だ。

「あんたの髪についてた。ほら」

そういえば、彼の声をまともに聞くのは初めてかもしれない。彼は、誰ともあまり喋らないから。

彼と言葉を交わせたことに有頂天になって、彼の言ったことはあまり頭に浸透してこなかった。

彼が小さな花弁を見せてきたので、とりあえず、ほんとだ、応じて笑った。

「ありがとう、ネズミ」

ネズミ。
ずっと、舌に乗せてみたかった、彼の名前。

精一杯さりげなく微笑んで礼を言ったら彼は、ついと目を逸らせて席を立った。

「どこ行くの、もう授業始まるよ?」

慌てて、そう呼びかけてみたけれど、彼はひらりと片手を振って応じただけで、振り返りもせず教室を出て行った。

置き去りにされて茫然としながら、頭のなかで先程の会話を反芻する。何か気に障るようなことを、言ってしまったのだろうか。

そうして、気付く。

この花びら。

自分の手のひらに落とされた、小さな桜の花弁を、見つめる。

これは今朝、彼がこっそりポケットにしまった花びらだ。あの花びらになりたいと願った、そう思って見ていたのだから、間違いない。

だってそれに、ぼくの頭に桜がくっつくわけがないじゃないか?
桜になんて興味はなくて、今日は全然側を通ってないんだから。


た!



「本題のない恋煩い」の紫苑視点で、同じくガーコさんの素敵絵に触発されて書いたものです。だからやっぱりこれもガーコさんに捧げたい、です。エイプリルフール!だよ!
あー、今回もごめんね、紫苑さんがムッツリっていうかストーカーっていうかスーパーノロケっていうか…バカだ。ほら、四月馬鹿だ。

タイトルは、macleさまよりお借りしました。



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