07
「う、うそだろ…!?沙布、沙布、起きろよ沙布!」
死んでいるだって?俄には信じがたい。 紫苑は必死に沙布を揺さぶり、呼びかける。 だが、沙布の四肢から完全に力が抜けているのは事実だった。 フェネックは、困ったねぇという雰囲気ながらも冷静に言う。
『君たち魔法少女、魔法戦士が身体をコントロールできるのは、せいぜい百メートル圏内が限度だからね。肌身離さず持っていれば、そうそう起きる事故じゃないんだが』 「百メートル…?何のことだ、どういう意味だ!」
イヌカシがフェネックに食って掛かる。 紫苑は諦めずに、沙布の名を呼び続ける。
「沙布、沙布、ぼくの声が聞こえないのか?目を覚ませよ、沙布!」
その様子に、ふぅ、とフェネックはとうとう呆れたため息を吐いた。
『紫苑、そっちは沙布じゃなくて、ただの抜け殻なんだって』 「抜け殻だと!?おいフェネック、てめぇふざけんのも大概に…」
喚くイヌカシを完全に無視し、フェネックは紫苑を真っ直ぐ見詰めて首を傾げる。表情に乏しいその顔が、何故か笑っているように見える。
『沙布はさっき、君が投げて捨てちゃったじゃないか』
茫然と紫苑はつぶやく。
「なんのこと…さっき投げ捨てたのは…沙布のソウルジェムで…」
そう、というふうにフェネックは大きく頷く。
『ただの人間と同じ、壊れやすい身体のままで魔女と戦ってくれだなんて、とてもお願いできないよ。君たち魔女少女、魔法戦士にとって、もとの身体なんていうのは外付けのハードウェアでしかない。そして、本体としての魂には、魔力を効率よく運用できる、コンパクトで安全な姿が与えられている』
口をきくことも忘れ、紫苑とイヌカシはフェネックの言葉を傍受する。
『魔法少女との契約を取り結ぶ私の役目はね。君たちの魂を抜きとってソウルジェムに変えることなのさ』 「てめぇ…っ!それじゃあおれたち、ゾンビじゃねぇかよ!」
血相をかえて怒るイヌカシに、心底不思議そうな口調でフェネックは続ける。
『むしろ便利だろう?心臓が破れても、ありったけの血を抜かれても、魔力で修理すればまた動くようになるんだから。弱点だらけの人体よりも、よほど戦いでは有利じゃないか。ソウルジェムさえ砕かれない限り、君たちは無敵なのだから。山勢が魔女に倒されたのは首を食いちぎられたからじゃない、頭につけていたソウルジェムを噛み砕かれてしまったからなんだ』 「…ひどすぎる…」
紫苑はそう呟き、沙布を抱えたまま脱力し、その場にへたりと座り込んだ。
『君たちはいつもそうだね。事実をありのまま伝えると、決まって同じ反応をする。どうして人間はそんなに、魂の在処にこだわるんだい?』
魂の在処。そんな、無機質な問題ではない。これは…これは心の問題なのに。
『わけが分からないよ』
だがそれを、フェネックは理解できない。なぜなら彼は、感情を持ち合わせない生物体なのだから。
イヌカシはあまりの怒りに口もきけず、紫苑は放心して言葉を無くす。
コツ、コツ、コツ。
訪れた沈黙を、硬質な靴音が破った。ネズミが必死で自身の魔法を駆使してトラックを追いかけ、沙布のソウルジェムを取り戻して来たのだった。
そ…とネズミは沙布の手にソウルジェムを握らせる。
「う…」
小さな呻き声をあげ、沙布は身震いし、ゆるゆると瞼を上げる。
フェネックの言葉がすべて真実だったことが証明され、一同は呆然と目覚めた沙布を見つめた。
一人だけ情況の分からない沙布は辺りを見回し、困惑して言った。
「なに、みんな…どうしたの…?」
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