野暮な空気は消し去れ


『もしもし、ネズミ?紫苑だけど』
「…おれ、あんたに番号教えたっけ」
『え?着信履歴に残ってたよ』

あ、とネズミは小さく声を洩らす。
非通知設定でコールするのを忘れていたらしい。どれだけ紫苑に対して油断してるんだ、おれは。いや、きっと浮かれていただけだ。
浮かれる?どうして?何に?紫苑をデートに誘えることに?
違う、デートじゃない、あれは紫苑から質に取っていた生徒証を返すため、そしてパーティに偽装してきてもらう約束を取り付けるための…そう、取引だ。取引?おれは何を言ってるんだ。誰に向かって何を弁明しているんだ。

動揺したネズミの頭の中で思考が空回りする。
電話の向こうの紫苑が、そんなネズミの混乱と葛藤を察知出来るはずもなく、彼は明るくこう言った。

『ね、今ひま?』





「あっ、ネズミ!ここだよ、ここ!」

雑踏に揉まれながらも精一杯背伸びして、ひょこりと白い頭を覗かせて紫苑は手を振る。
紫苑の方からは、長身でかつ人目を引かずにはいない秀でた容貌のネズミはすぐに見つかった。
ネズミも手を振る紫苑に気が付いたのか、人波を掻き分け泳ぐようにしてネズミは歩いてくる。

今日もネズミは黒っぽい服装をしていた。先週と同じようにブーツの中に黒のジーパンがたくしこまれている。だがこの前とブーツの趣は異なり、編み上げの洒落たつくりになっていて、少し靴底が厚いようだ。それがいっそう、ネズミの身長はもとよりスタイルを際立たせている。
もうほとんど冬に近く冷え込んできたからだろう、シンプルな灰色のハイネックの上に真っ黒なトレンチコートを羽織り、細めの濃灰色のストールを首に巻いている。
それに、近づいてきたネズミをよく見ると、そのストールの下には洒落てはいるが目立たない十字架のペンダントが揺れていた。

「紫苑、どうかしたか」

ネズミは紫苑の隣までたどり着くと、挨拶も抜きにすぐさまそう尋ねた。
その焦ったような表情のネズミを見上げ、紫苑は心持ち首を傾げる。

「え?どうもしないけど…この前のお礼にこの辺りのB級グルメを案内したいな、って」
「お礼?」
「パーティに連れてってもらって、たくさん美味しいもの食べさせてもらった」
「は…?いや、あれはおれが頼んだことで…むしろおれがあんたに感謝してるんだけど」

困惑したネズミは風で乱された長めの前髪をかきあげ、頭を振る。

「いいからいいから」

紫苑は楽しそうに笑ってネズミの袖を引く。

「あそこのケバブ、けっこう美味しいんだよ?ね、たまにはいいでしょ」


あ、紫苑、ケチャップ付いてる

うそ、どこ、どこ?

取ってやるから、じっとしてろ

ちょ、ネズ…っ!

よし、取れた。…ふふっ、どうした紫苑、顔真っ赤

…君のせいだってば




一応すこし解説(?)をば。
場所は、上野のアメ横をイメージしてます。あそこの混雑すごいですよね。
あと、灰色文字の会話文…ネズミが紫苑の口の横あたりについたケチャップをペロリしました。
今回は純粋で天使な紫苑さんのターンでした!



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