新年3秒前の告白


今日は大晦日、紅白歌合戦がある。イヴは今年初めて出場することになった。もちろん今までも出場の誘いはあったのだが、未熟者だからという理由で丁重に辞退していたのだ。
紫苑はテレビの真ん前に陣取り、イヴの登場するのを今か今かと待っていた。

「では続いて、イヴさんに歌っていただきましょう。イヴさんは今年紅白初出場らしいですね」

司会の女性から話を振られ、イヴはにこりと控えめに笑う。

「はい、とても光栄です。今年は大変な年でしたので、わたしも万感込めて皆さまに歌を届けたいと思います」

イヴの微笑に一瞬見惚れ、司会の女性は僅かに頬を染める。
しかしすぐにはっと我に返り、会場に向けてアナウンスをする。

「イヴさんは、会場のセットや衣装を極力シンプルにしてこの舞台に臨むそうです。そして、今回使う予定だった資金すべてを、東北復興支援として寄付されます。ありがたいですねぇ。はい、それではイヴさんに歌っていただきましょう!イヴ『初恋』、どうぞ!」

イヴは花の咲くように笑って頷き、初出場とは思えぬほど自信に満ちた足取りで颯爽とステージの中央へ歩いていく。
一歩足を踏み出すごとに、ドレスの裾に入ったスリットが翻り、細く美しい足が垣間見える。
紫苑はテレビの前ではらはらした。

そんな紫苑の心境を知ってか、イヴは得意そうに顎を反らせ、微笑む。画面の向こうからの流し目は、疑いようもなく紫苑に向けられたものだった。今にも彼のお得意の「ふふん」が聞こえてきそうだ。

イヴがステージの中央まで進み出ると、イントロが静かに流れだす。
イヴは両手を胸の前で握りしめ、祈るように跪いた。長い黒髪がさらりと肩からこぼれる。その髪はウィッグだと知ってはいても、思わずうっとりしてしまう。
全員がイヴだけを見つめるなか、イヴはそっと歌いだした。顔の横の小さなマイクが美しい歌声を拾う。


聞いて?私の言葉
ああ、気持ちが溢れだして
うまく言葉にできない

それでも、聞くだけでいいから
あなたに聞いてほしいの



囁くような歌声が、優しく鼓膜を震わせる。
イヴは顔を上げる。今にも泣き出しそうな、切ない表情。カメラがその顔をアップに映し出す。
紫苑ははっと胸を突かれたような気がした。


こんなに好きになるの
初めてなの

こんなに会いたくなるの
初めてだよ

私は憧れているの
あなたの全てに



そうしっとりと歌い上げると、イヴは俊敏な鹿を思わせる軽やかさで、さっと立ち上がった。曲調が変わる。イヴは踊るように足を踏み出す。水色のドレスが風をはらんでふわりと揺れた。


信じて?どうか
冗談だと思わないで
誤解だけはされたくない

離れていかないで
遠くへいかないで



イヴは請うように、追い縋るように両手を差し出す。


わがままでごめんね
でも抑えられないの
会うたびに好きになるの

優しいまなざしから
逃れられないよ



差し出した手を胸元に引き寄せ、目を閉じる。そのまま優雅にくるりと回った。
バレエのようなトゥール。シャッセを含んだ足運び。妖精のようにイヴは舞う。
何気ない仕草のひとつひとつが洗練されていて、ダイナミックに、そしてまた繊細に魅せられる。


こんなに好きになるの
初めてなの

こんなに会いたくなるの
初めてだよ



イヴはくるくると舞いながら、最後にサビのメロディーを大切に歌う。後奏はまた曲頭の雰囲気に戻っていき、曲は静かに終わった。

割れんばかりの拍手が沸きおこる。華やかにイヴは笑って深々とお辞儀をし、すっと消えるようにすばやく舞台から立ち去った。
紫苑はテレビの前であることを忘れ、夢中で手を叩いていた。


もしもし、紫苑?おれの歌、聴いててくれた?

もちろんだよ!感動したよネズミ!

ふふ、ありがと。あの歌ね、あんたに送った歌なんだ

…え?ネズ…

大好き、紫苑






お人形さんのイヴ(=ネズミ)と紫苑でした。
…大晦日と新年ネタって、どうしてこうも甘くなるんでしょうかね…
ていうか歌詞…ごめんなさい。私に作詞能力は皆無ですわ…。

タイトルは、さまよりお借りしました。


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