12


イヴの歌声に引き寄せられ、駅前はたちまちのうちに、黒山の人だかりとなった。
その最前列、イヴに一番近い所で紫苑は即席ステージを見上げる。

イヴは輝いていた。DVDのなかのイヴより、ずっと美しかった。纏うオーラが違う。イヴのいるそばから、空気が色を変え煌めいていくようだった。

こんなに、素晴らしいのか。
何故ぼくは、イヴのライヴに行くのを躊躇っていたのだろう。
生身の彼に触れるのが、怖かったのだろうか。
彼には手が届かないと、届きはしないのだと、肌身にしみて分かってしまうことが。

だが紫苑は、打ちのめされてなお、幸せだった。
彼の一番輝く時を知れたことが、その時間を束の間でも共有できたことが。

路上ライヴは2時間ほど続き、5時頃になって終わった。
やんやの喝采を受けたイヴは晴れやかに微笑み、手を振る。観客から差しのべられる花束やプレゼントを受けとり、求めに応じて握手もしている。
後ろから後ろから、イヴに少しでも近付こうと人垣が狭まり、最前列の紫苑は押し潰されそうになる。
紫苑は潰されまいと必死だったため気づかなかったが、イヴはちらりと紫苑の様子を見遣ってくすりと笑った。
飾らないイヴの本物の笑みを目撃してしまった人は、それこそ魂を抜かれたように茫然となる。
苦笑を浮かべたイヴは、ステージから降りてくる。前へ波のように押し寄せていた人々が、ぱっと分かれる。

「今日は突然だったのに、集まってくれてありがとう!」

マイクなしでそう言い、周りの人々と握手をしてまわる。
イヴには珍しいくらい気前の良いファンサービスだ。
駅前は騒然となり、ステージ前に固まっていた人の塊が解け、イヴを中心に渦潮のような流れができる。
イヴは横目で、潰されそうだった紫苑が人波から解放されほっと息をついたのを確認する。その紫苑に向かって山勢が近付くのを見て、やっと胸を撫で下ろした。

引き際を心得て、幕を下ろすのも鮮やかに、イヴはファンたちを極上の笑顔で振り切り、山勢と紫苑が待つ車へ悠然と歩いて行った。


ね、紫苑、どうだった?

あ…えと……

ふふん、言葉もないくらい良かった?

う、うん。言葉じゃとても、追い付かない

今度からはちゃんと、おれのライヴにも来てよ。グッズだけじゃなく、ね

もちろん!…ねぇ、ネズミ

うん?

好きだよ、どうしようもなく、きみが。

…ったく。あんた、出し抜けに何だよ

だって、感動したから…

ふふっ、おれも

えっ

おれも、あんたが好き。紫苑



fin.
以上で「飾り物のお人形さん」シリーズ完結です!
中編というわりに長かったですね…。
相互記念に櫻華純さんに捧げます!遅くなってごめんなさいっm(__)m

ストーリーとタイトルの関連は…着想当初は…、勝手に持ち上げられ歌うことの意味が分からないままにトップアイドルにされてしまったイヴ(←飾り物のお人形さん)が、家出した時に迎え入れてくれた紫苑に恋することによって自分の歌に意味を見出だしてアイドルとして自覚し生まれ変わる的な流れ…でした。
でも実際書いてみるとなんか…一般人とアイドルとの壁に悩む紫苑のお話みたいになっちゃいました(えっ
紫苑→→←イヴみたいな印象になってますが、ほんとは、紫苑→→←←←イヴなんですよっ!イヴはツンデレなだけなんですっ!
ちなみにイヴは、「イヴ」としてしか愛されない自分にも愛想を尽かしていて、紫苑がシャワー入ってる時に紫苑がイヴファンだってことを知ってかなりショックを受けました。
でもネズミ=イヴだって分かっても紫苑の態度が変わらなかったから、イヴは自覚なしに紫苑に恋するわけです。

うわあ、いつもながら、本文下の補足説明なっがいですね、すみませんっ!!
まだまだ盛り込めなかった背景とかあるんですが…きりがないので、もうこのへんで。
では、お付き合いありがとうございましたっ!!_(..*)_


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