03


「もういいのか?まだ3分あったが」

車に戻ると、客は煙草をふかしながらネズミに言った。

「充分。本当にありがとう」

たったの7分。それで充分だ。顔を見て、思いもかけず声も聞けた。それに、紫苑はおれを忘れていない。恨まれているかとも思ったが、そうではなかった。でも、強烈に覚えている。

ネズミは満足していた。

いつかあんたを、この腐った都市から解放してやる。

「で、イヴ。あの家に住んでるのはおまえにとって何だったんだ?」

車を発進させながら、客が聞く。

「言わなきゃだめかな?」
「聞く権利はないかな?ここまで連れてきたのは私だ」
「兄貴だよ」
「ん?」
「あの家にはね、腹違いの兄貴がいるんだ。さっき、顔みてきた」

客が驚いてネズミを見る。ネズミはしおらしく俯いてみせる。

「けっこう仲良かったんだけど、おれ、妾腹だったから。兄貴はNo.6に住めたけど、おれと母さんは住めなかった。だから離ればなれ」
「そうだったのか…」

ネズミの嘘八百に、客は少し涙ぐんでいた。

「またいつでも言ってくれ。あのパン屋に連れてきてやる。なんなら、あの店のパンを差し入れてやってもいいぞ」
「ほんとう?」

ネズミは嬉しそうに顔を輝かせた。
実際のところ、No.6高官のあまりの騙されやすさに笑いだしたくてたまらなかったのだが。



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