03


「入倉美紗」
「はい」
「更級真緒」
「はい」
「葉山淳也」
「はい」
教師の無機質な声が出欠をとる。
「間宮海里」
「はい」
それにひきかえ、生徒たちの声はさまざまだ。
溌剌とした返事。投げやりな返事。はっきりした返事。
どんな返事であっても生徒たちの返事の方がいい。断然ましだ。
大人になるにつれて、人はどう変わってしまうんだろう。
「神谷綺羅」
「はい」
半分おざなりに返事をする。
人は何を学んでいく?
知識、感情抑制、社会協調...
「神谷」
無機質な声に再度名を呼ばれる。
「はい?」
視線を、窓から教師の顔へ移す。思考が中断される。気に入らない。
「質問があるが」
もったいぶった話の持って行き方、それも気にくわない。
単刀直入に言えば?
「何ですか」
ああ抑制している、と思った。さっき思ったことをそのまま言えば良かった。すぐに後悔する。もし言ったら、どうなったかな。
「その髪は?」
肩にかかる淡い金髪。
「地毛です。片親がロシア人ですから」
静まりかえっていた教室が、少しざわついた。
日本とロシアは今、緊張関係にある。
北方領土問題、樺太問題などの従来の問題に加え、2354年、ロシア内でクーデターが起こり強力な独裁政府が生まれた。
その支配下、SVR、旧KGB、ロシア連邦対外情報局などの潜入調査員が日本に多く送り込まれてきたらしい。
理由は明白、急進派の新政府は南下政策を促進、その結果、日本侵略に乗り込もうとしているのだ。
ざわめいた教室内の雰囲気を代弁するかのように、ひとりの男子生徒がにやにやしながら言った。
「おまえ、ロシアのスパイなんじゃないか」
彼の周りの数人が下卑た笑い声をあげる。
海里がそちらへ振り向き何か言いかける。それを手で制し、綺羅は立ち上がった。その男子生徒の席へつかつかと歩み寄る。
「何だよ?」
バシッ。
彼の頬が鳴る。再び教室が沈黙する。
「ロシアのハーフはロシアのスパイか。だったら」
綺羅の声だけが響く。
「ロシアに行けば日本のスパイと思われるのだろうな」
その言葉は重かった。
ロシアの血と日本の血。
どちらの祖国へ行っても、余所者になる。弾かれる。どこへ行けばいい。
誰もが悟り、押し黙った。
「はいはい」
教師の声が割り込む。間が抜けていて、脱け殻のような声。
「神谷君、君がちゃんとした日本の住民登録をしているのはよく知っているよ。君は立派な日本人だ。そんなに怒らなくていい」
別に怒ってない。あいつらの目を覚まさせてやっただけだけど。
半分あきれた気分で教師の言葉を聞き流す。
「先生が聞きたかったのはだな、髪の色の事じゃなくて、長さだ。ちゃんと切れ」
「校則には違反していないはずですが」
そう言ってやると、教師は眉をひそめ、はじめて表情らしい表情を見せた。
「なんの寝言だ」
仕方がないから、教壇まで出向いてやることにする。生徒証を出し、教師の目の前で開いてやる。
「先生、ここに、毛髪は肩にかかるくらいまでって書いてありませんか」
「それは女子の毛髪についてだ」
教師の声音にもいくらか感情がこもる。怒り。気分を害している。
気分を害したいのはこっちだ。
「知っています」
IDカードを取りだし目の前に突きつける。
「ちゃんと把握してください」
教師の表情が一瞬固まった。しかしすぐに我に返り、叱責にかかる。
「ならセーラー服を着なさい。なんで学ランを着ているんだ」
ったく。この教師は偉そうな顔して、生徒のこと何も把握してないのか。
「学校の予備が切れていて、これしかなかったらしいのですが。ご存知の通り奨学生なもので、制服をお借りしています」
教師は目を白黒させる。記憶を掘り起こしているんだろう。
「席に戻っていいですか、先生」
「あ、ああ」
席に戻る途中、心配そうな顔をした海里と視線が合った。
ニッと笑って見せる。海里は少し肩をすくめた。
綺羅が席につくと、何事もなかったかのように出欠が再開され、ホームルームが始まった。




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