03


小学校4年生頃だったと思う。

掃除の時間、廊下を歩く彼を見つけた。
その時僕が何を思ったかは覚えていない。

掃除の時間だったし、みんな自分の持ち場で掃除をしているはずだったから、彼が掃除場所を離れて廊下を歩いていることに違和感か、あるいは好奇心を覚えたんだと思う。


ともかく、僕は手にした雑巾を投げ出して、彼の後を追った。


彼が向かったのは校舎裏だった。

こうなると僕はピンときた。

彼は上級生に呼び出しをくらったのだ。
つまり、リンチ。


ここではそういう事がよくあった。
しかし、もしリンチがばれれば即退学。
だから、それはより陰湿になっていく。


今回のは、ずいぶんあからさまだな、と思いながら、僕はすぐに先生を呼びに走った。


先生をつれて校舎裏まで戻ってきた時には、3、4人の上級生が彼を殴っていたところだった。

それを見た先生は眉をつり上げてその上級生らを補導室へ連れていった。

上級生らは皆、蒼白だった。
もう退学が決定したも同然だったから、当然といえば当然だ。


あぁ、言い忘れていたけど、ここはトップクラスのエリート校、アッシュフォード学園だから、退学なんて、ね。





僕は彼に駆け寄った。

「大丈夫?ルラン」


「ああ」

彼は少し眉をしかめて立ち上がり、袖についた泥を払った。

「先生呼んでくれたんだな」

「うん。廊下歩いてた君を追いかけてきたんだ…」

「知ってる」

「え?」

「おまえがついてきてるのは気付いてた。気付いてたから、ここに来た」

それはつまり…?

「呼び出されてたんでしょ?」

「そうだ」

「じゃあ、僕が追いかけてなかったら…」

「もちろん、のこのこ一人で行くつもりはなかった」

彼はきっぱりと言い切った。
そして、

「でも、これであいつらも退学になるし、良かった」

…と続けた。

さらに、不敵な笑みが唇に広がる。

「…何があったの?」

「ん?」

「いや、ずいぶん確執があるみたいだから…」

「そうだな。あいつら、妹を馬鹿にしたから、喧嘩になって」




彼の語るところによると…

その上級生らは、彼の妹ナナリーを馬鹿にしたそうだ。


ナナリーはアッシュフォード学園に入学する事ができなかった。

学力に問題なかったが、足が不自由で車椅子生活なのと、盲目であることが原因だった。


アッシュフォードには寮があり、そこには身内を1人までなら同居することができるから、ナナリーは彼と寮で住んでいる。

ナナリーの介護と家庭教師を兼ねて、小夜子さんという方が寮に通っているらしい。



その上級生らは、

ルランも大変だよな、あんなお荷物かかえてさ…

だとか、

家計プラス家庭教師代とか、どれだけ切り詰めてんだろうなっ

だとか、
彼の前で聞こえよがしに喋った。
それで、彼はキレてしまった…らしい。



「それに、あいつら、俺だけじゃなくナナリー自身にも嫌味を言ったりもしてたんだ。ナナリーがどれだけこの事を気にしているか…。俺は全然迷惑なんかじゃないのに!」


話しているうちに彼の語気は怒りでだんだん荒くなっていた。


少し話を聞いただけで、彼が妹をとても大切に思っていることが分かる。


「しかも、あいつらだけじゃないんだ…!ナナリーをいじめるのは…」



と、その時、掃除時間終了のチャイムが鳴った。


彼は、しまった、という顔をする。

「…少し、喋りすぎてしまったな」


正直、僕も少し驚いていた。
彼は普段ほとんど喋らない人だったから。




「あっ、次、体育だよ」

ふっと思い出して言った。
が、微妙な顔をされた。


「どうしたの?」

「…保健室に行って痣と擦り傷の手当てをしてもらいに行くから」

「あ、ごめんっ、喋ってたから行けなかったんだ」

「いや、まあ、そういう訳で、先生に欠課すると伝えてくれないか」

「え?」

「なんだ?」

「保健室に行くだけなら、遅刻でいいんじゃ…?」

「欠課でいい。授業日数は足りている」


いや、そうじゃなくて!


そこで、はたと僕は気付いた。



「…もしかして、ルラン、体育嫌い?」


視線を外された。
どうやら図星だったらしい。




「あ!時間やばい、僕もう行くね!先生にはちゃんと欠課って伝えとくから」


走りだそうとした時、

「あ、おい!」

と呼び止められた。


「何?」

振り返ると、彼は少し言いにくそうにこう言った。


「…おまえの名前、…」


ああ、いつも一人でいるから、クラスメイトの名前、知らないのか…。

そう思って、

「あ、僕、雨楽だよ。枢木雨楽」

と言った。


「いや、それは知ってる」


じゃあなんで名前聞いたんだ?


「そうじゃなくて…、おまえ、本当にそれ、本名か?」


妙なことを言われた。
ポカンと考え込んでいると、彼は少し慌てたように言った。


「あ、もういい、これは忘れてくれ。遅刻するぞ、早く行け」


確かに時間が少々ヤバかったから、ひらりと手を降って僕は校舎裏を後にした。


でも、

おまえ、本当にそれ、本名か?

という彼の声と言葉は、僕の脳裏に焼き付いて離れなかった。




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