06


まず手拍子が、どこからともなく聞こえてきた。だがそれは店内で不思議に反響し、どこから聞こえているのか分からない。それに次いで、歌も聞こえてくる。男声と女声の二重唱だ。歌声は地声に近いが、日本の地唄とは全然違う。頭声で歌っているかのようなアポジャトゥーラやらトリルやらの装飾音が空気を軽やかに震わせ、ポルタメントで音を滑らし、風のように気まぐれに伸び上がり、また力強い低音に戻っては朗々と唄う。決してひとところには留まらず、つねに上へ下へ速く遅くと、浮遊するような歌だ。例えるならばまるで、野を渡る風の音だ。手拍子にも縛られることはない。その手拍子も、旋律が縛られずに共存することができる、不思議なリズムだった。

舞台を注視していた客の予想を裏切り、踊り子たちと歌い手とギタリストは、客の後方にある店の入口から現れた。歌い手は男女の二人、ギタリストも二人、踊り子達も女性二人だった。踊り子たちは、フリルをふんだんにあしらったブラウスに、同じく裾にはフリルがある丈の長いスカートをまとい、靴はヒールのある、床でよく鳴るものを履いていた。黒く光る髪は真ん中でわけて後ろの低い位置でお団子にまとめ、頭のてっぺんに大きな花を飾っていた。片方は紅い花、もう片方は白い花だ。白い花を飾った女性の方は、ブラウスとスカートに加えて、刺繍の施された黒いエプロンを腰に巻いていた。
その彼女たちが、客たちに向かって手拍子を誘うような身振りで、手を叩く。
期待に応えようと、客たちや紫苑も手を叩こうとしたが、その陽気な手拍子は、規則的にみえて不規則で、真似しようとしても叶わない。不規則なリズムなのに、踊り子たちと歌い手たちのリズムはバラバラにはならない。不規則にみえて、なんらかの規則性があるようだった。だが、それを今すぐに真似しろというのは到底無理だった。紫苑は周りの客たちと同様にあきらめて手を下ろし、おとなしく観賞することにした。

客たちの席のすぐ蕎麦を通ってステージまで到達した踊り子たちは二人で躍り出す。歌い手、ギタリストたちもステージに上がり、ステージ後方に置かれた背もたれの高い椅子に腰掛け、演奏を続ける。

二人の踊り子たちは、まったく対称的に踊ったり、あるいは片方を引き立てるように踊ったり、さまざまだった。肩で風を切るようにして堂々と足を運び、靴底で軽快なリズムを刻み、スカートを翻して情熱的に踊る。

料理を口に運びながら、紫苑は感嘆してそれを見ていた。

なるほど、《道化師の朝の歌》に頻出する連打は、靴底で奏でる、タップダンスのような音だったのか。てっきりカスタネットの音色の模倣だと思っていた。

実際、舞姫は二人とも手に何も持っていなかった。この会場を満たす音楽は、歌声とギター、それに手拍子と靴音だけ、実にシンプルでありながら、心のそこから歓喜を呼び起こす激しい音楽だった。手拍子と靴音は常に自由なリズムでビートを刻み続け、歌声は奔放に空気を震わせた。





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