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「まあ、噂通りに面白い人なのね」
「え、沙布、知ってるの?」
「もちろんよ。有名じゃない、ネズミって。何でもすぐ覚えちゃって舞えちゃうの。もうすでに師範名取も取ってるらしいわよ。それだけじゃなくて、世界各国の踊りをマスターしているという噂も」
「なにそれ、よく分からないけど、すごいんだね」
「そうみたい。わたしもよく知らないんだけどね。これ、ぜんぶイヌカシの受け売りなの」

2013 97

誕生日当日の夕方、沙布は紫苑をディナーに誘ってくれていた。それも、ただのディナーではない。フラメンコのショーが見られるディナーだ。「あなた、今スペインもの弾いてたでしょ、少しでも参考になればと思って」というのが、誘ってくれた時の沙布の言葉だった。たしかに紫苑は今、ラヴェルの曲集《鏡》を勉強中で、そのうちの第4曲はスペイン調だった。モーリス・ラヴェルはフランス人だが、幼少期をスペインと隣接したバスク地方で過ごしたため、スペインの空気を肌で知っていたのだ。

舞台の設置された店内には、闘牛士の絵画や独特の模様の食器、民族衣装などがディスプレイされていた。店員のチョッキやエプロンも、黒字に鮮やかな刺繍が施された民芸風のものだ。まだショーの始まっていない店内にかかる音楽ももちろんスペインもの。まるでその店だけ、切り取られたように異国情緒に溢れていた。

「今日、台風が来るんですってね」
「昨日もすごい雨だったよね」
「紫苑、あなたなんだか嬉しそうね」
「だって、台風なんて滅多にない天気の一大イベントじゃないか、なんだかわくわくするよ」
「相変わらず、あなたってどこかずれてるわね」

面白いわ、と沙布は軽やかに笑う。
そんな他愛ない会話をしていると、七種のオードブルが運ばれてきた。サーモンと水菜にビネガーをかけたもの、米などの穀物を丸くコロッケのように揚げたもの、鯛とパプリカとオニオンの煮付け、じゃがいものミルフィーユ、フランスパンのような目の粗い硬めの薄切りパンにタラコソースを載せたもの、柔らかい厚切りのハムにピクルスソースを載せたもの、以上六種が花びらのように丸く並び、中心にはトマトとキュウリとエビとイカを酢で和えたものがガラスの小さな器に入って置かれていた。





それらを談笑しながら食べているうちに会場の電気が落ち、ステージにぼんやりと灯りが灯った。そろそろショーが始まるようだ。ざわめいていた店内が徐々に静まり、緊張と期待をはらんだ空気に包まれた。







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