明けない街の裏側で
意識が浮上する。体の怠さも頭の痛みも、きれいさっぱり取れている。ネズミは目を醒ます。 心地よい。ふかふかのベッドの上で、少年と一緒に布団にくるまっている。生きている人間の体温。あたたかい。他人の側にいながら、こんなにぐっすり安らかに眠れたのは久しぶりだった。気持ちいい。ずっとこのまま、こうしていたい。
だが、再び眠りの世界へ戻ることは、ネズミには許されなかった。それはそのまま、死に直結する。
ネズミは隣ですやすやと眠る紫苑を起こさぬよう、そろりと布団を抜け出す。紫苑は傍らの温もりが消えたのを感じて僅かに身動ぎしたが、かわりに布団を手繰り寄せて安心したのか、また微かな寝息をたてはじめた。 ネズミは紫苑の寝顔を暫し眺める。自分を無償で救い、何の見返りも求めず匿った少年を。彼はこの先、確実にエリート特権を剥奪されるだろう。この心の優しい、少々天然な少年は、約束された将来よりも、目の前の瀕死のネズミの命を、少しのためらいもなく後悔もなく選んだ。いずれは、この選択を後悔することがあるだろうか。いずれは、あんなVCさえ助けなければと、ネズミを憎むことになるだろうか。
それでも、しかたない。それでも、かまわない。
おれは、この借りを、決して忘れない。 予想もつかない奇跡を、人は確かに人に救われることがあるということを、紫苑、あんただけが教えてくれた。
ネズミはそっと手を伸ばし、紫苑の柔らかな髪に触れる。
今度はおれが、あんたを助けに来る。必ず、恩は返す。だからそれまで、ちゃんと生きててくれ。
紫苑の寝顔を網膜に焼き付け、ネズミは救急ケースを抱える。ふと思いついて、清潔なタオルも失敬することにする。9月7日、九死に一生を得た記念に。
ネズミは窓枠に足をかけ、一度だけベッドを振り返った。
明けない街の裏側で
いつも、あんたを見守ってるから
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