02


「あんた、その髪どうしたの?」
「え?」

席につくやいなや、彼は話しかけてきた。
いきなりの事に、紫苑は戸惑う。

「あ…、小さい頃病気で…」
「ふぅん。染めてんじゃないんだ。綺麗な色だな」
「え、あ、ありがと…う」
「ん?べつに、褒めてないけど」
「あ、う…うん。あの、きみの名前は…」
「おれ?ネズミ。名字がイヴで、名前がネズミ」
「そっか。よろしく、ネズミくん」
「ネズミでいい。…あんた、変わってんな」

ふふん、と笑ってネズミは椅子を下げた。椅子の足が床に擦れて、派手な音がした。

「こらっ、イヴ、静かにしろ」

力河が呆れたように言う。
数人の生徒が振り返り、くすくすと笑った。
斜め前の席に座っている、よく日に焼けた褐色の肌の女の子は、長い髪を揺らすほど笑っている。

「…なにがおかしい、イヌカシ」

不機嫌そうに眉を寄せ、ネズミが言う。

「ああ?いや、おまえさんにしちゃ、珍しいなと思っただけだけど?」
「は?おまえ…」

からかうようなイヌカシの声に、ますますネズミは機嫌を損ねたようだ。
立ち上がりかけたネズミの腕を、紫苑は慌てて押さえた。
教室の笑いとざわめきが大きくなる。

「ちょっと、あなたたち。少しは静かにしなさいよ。朝からうるさいわ」

最前列に座っているショートカットの女の子が、振り返って教室に渇を入れる。
その声は凛と響き、力河の叱責よりよほど良く効いた。

「…ごめん、沙布」

しゅん、としたイヌカシが前に向き直って言う。
ネズミはといえば、膨れっ面のまま机に突っ伏している。

「あー、じゃあ、そろそろ授業を始めるぞー。教科書の85ページを開けー」

間延びした声で、力河が指示を出す。
紫苑もごそごそとランドセルをあさり、筆箱と少し古びた教科書を取り出す。
それを見て、ネズミは突っ伏したまま顔だけを紫苑の方へ向けて、へぇと言った。

「前のガッコでも、同じの使ってたんだ?」
「あ、うん。たまたまだけど。他の教科の違う教科書は、学校に貸してもらったけど」
「あとちょっとだもんな」
「うん」

それだけ言うと、ネズミはまた腕に顔を埋める。
教科書や筆記用具を出す気配もない。

「…ネズミ?」
「うん?」
「教科書忘れたの?一緒に見る?」

くっくっくっ。
紫苑がそう申し出ると、ネズミは背中を揺らして笑う。

「え?どうしたの?」
「持ってくるつもり、ないし」
「え?」
「おれのランドセルなんて、空っぽだぜ」
「ええっ」
「ははははっ、あんたな、真面目すぎ」
「そうかな」
「そうだよ。だいたいな、おれと真面目に会話してていいの?授業は?聞かなくていいの?」
「あ…」
「まっ、力河のおっさんの授業なんて大したことないけどな」

板書をしていた力河が振り返る。

「なんだイヴ、おれの授業がどうしたって?」
「おやおや、耳の方は、大した地獄耳らしい」

おろおろする紫苑の横で、ネズミは楽しそうに笑った。


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