隣に居座るふわふわの…
「ちょっとネズミ、風邪ひくよ?」
仕事に出掛けようとドアノブに手をかけたところで、声をかけられる。 ぱたん、と紫苑は読んでいた分厚い本を閉じ、古びたソファから立ち上がった。
「今日は冷える。その格好じゃ寒いんじゃない?」 「うるさい、あんたじゃあるまいし風邪なんか…」
ふわっ、と抱きすくめられる。 ネズミは最後まで言い終えることが出来なかった。 不思議と安心する暖かい腕の中で、ネズミはゆっくりと瞼を閉じる。 ドアノブにかけていた手は、いつの間にか紫苑の背中に回されていた。
隣に居座るふわふわの…
紫苑の手が頭に触れ、結い上げた髪をほどく。
「…なんだよ、紫苑」 「だって、首筋…寒いでしょ」 「べつに」 「うそ」 「慣れてるから」 「…きみは良くても、見ているぼくが寒くなる」
ふふ、と紫苑の肩に顔を埋め、密やかに笑う。 今度は紫苑が、なんだよと言った。
「髪、伸びたなと思って」
くしゃりと白髪をかき混ぜ、ネズミはその首筋にキスを落とす。 仕事に行く気は、とうに失せていた。 代わりに、ある考えが浮かび上がる。
「なぁ、紫苑」 「うん?」 「外に出ようぜ」 「だめ」
紫苑はネズミに回した腕に力を込める。
「きみが風邪ひく」 「心配性だな」 「心配させてるのは誰だよ」 「は?」 「今だって、微熱あるだろ、ネズミ」 「え?」 「ぼくが気づいてないとでも思ってたのか?外に出たら間違いなく悪化する。今日は外出禁止」 「紫苑」
ネズミはゆっくり腕をほどき、両手で紫苑の顔を挟み、その深い瞳を覗き込む。
「分かったよ、紫苑。今日は仕事を休む。これでいい?」 「…うん、でも」
きっとその言葉の先には、家でおとなしく療養しなさいと続くのだろう。 紫苑の声に被せるように言葉を続ける。
「ちょっと見せたいものがあるんだけど。だから、少しだけ。それならいいだろ?紫苑」 「…きみが、そんなに言うなら」
結局、折れたのは紫苑の方だった。 紫苑がしぶしぶ了承したと見るやいなや、ネズミは紫苑の手を取って外へ出る。
肌を刺すような冷気が二人に吹き付ける。 しかし、階段を上りきり地上へ出れば、風は凪ぎ凍てついていた。 吐き出した息は白く空気中を漂う。 紫苑は無言で自分のダッフルコートをネズミにかけた。
「…あんたが寒いだろ」 「そう思うなら早く家に、」 「あっ、見ろよ紫苑!」 「え?」
ネズミが天へと手を差しのべる。 そこへ、ひらりと白い結晶が舞い落ちる。
「紫苑、初雪だ」 「ほんとだ。…綺麗だ」
今まで凍っていた空気が、ふっとやわらぐ。硬直がほどけていく。 灰色の空からはらはらと舞い落ちてくる真っ白な雪。 その中で、ネズミは踊るようにくるりと回った。紫苑のコートが、肩にかかったまま風をはらんで舞った。
水気をあまり含まないさらりとした粉雪は、ネズミの黒髪に落ちてなお白く輝いている。
『風は魂をさらい、人は心を奪う』
透明な歌声が、空へ昇る。 紫苑は瞬きすら忘れて聞き惚れ、ネズミの姿に見入る。
『大地よ、雨風よ、天よ、光よ。ここに全てを留めて』
ふっ、とネズミは息をつく。 雪は溶けないまま、地面に積もり始めている。 ネズミは紫苑を振り返る。白一色になっていく景色の中に、その姿はうまく溶け込んでいた。彼の白髪が美しい。
ネズミと目が合うと、紫苑は少し笑い、静かに言った。
「すごく、綺麗だ」 「ああ」 「そろそろ、家に帰ろう」
紫苑は冷たくなったネズミの手を握る。紫苑の手は変わらず暖かい。
「…ありがとう、ネズミ」
そして、その声音はもっと、暖かく優しかった。
ふふっ、ネズミ
うん?
まつ毛に、たくさん雪がついてる
は?もう溶けてるだろ
うん、溶けてるけど。細かい水滴がたくさんついてて、きれい
それ言うなら、あんたもだぜ
えっ
あっ、そうだ、紫苑。明日、廃墟の公園に連れてってやる。雪が積もったら、なかなかに綺麗だ
…きみの熱が下がったらね。ほら、スープつくっててあげるから、暖かくしてベッドで寝ててよ
遅くなってすみませんんんん!! 48000、藍さまより「ネズミが好き過ぎてしょうがない紫苑(紫ネズ)」というキリリクでした! あ…れ…?しょうがない紫苑になってます?ただの心配性な親になっちゃいました!むしろネズミが無邪気でしょうがない感じですね、すみません!! このお話の二人は翌日、ピクニック気分で公園行って…と、エンディングのシーンに繋がります、たぶん。 ああもう私ったら、美味しいリクエストお題を上手く生かせなくて…っ、すみません…っ!! 返品書き直し受け付けております!!orz これからもどうか、よろしくお付き合いくださいませ…!m(__)m
タイトルは、巣さまよりお借りしました。 それから、規約の範囲内で少し改変してあります。 原題は「隣に居座るふわふわの君」でした。
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