05


ああ、才能のある子だ。

初めて会った時から分かっていた。そして今も、それを改めて痛感する。

的に向けてゴム弾を撃ち込む綺羅。それらはほぼ的中している。

「もういい、綺羅」
声をかける。
「…?でも虎路、まだ時間は」
「ああ、訓練は続けるよ。でも、ゴム弾はもう終わりだ。これからは違う事をしてもらう」

ゴム弾の出る訓練用のピストルを片付けると、虎路は綺羅を地下に連れて行った。そこにはたくさんの銃が置いてあった。

「実弾での訓練に移るよ。まずはどの銃を使おうか?…9ミリが撃ちやすいかな」
一丁の銃を手渡す。
「弾丸はこれだ」
綺羅は銃をひととおり見て、弾を入れる。
「よし、じゃぁ、隣の部屋で撃ってみようか」

隣の部屋は防音で、ゴム弾での訓練場よりも本格的に設備が整っていた。
虎路は耳栓も渡す。

「これも付けなさい。耳が悪くなってしまうからね。それを付けて、まずは一発撃ってごらん。セーフティーバー(安全装置)を上げないとトリガー(引き金)は引けないからね。撃った時に反動の衝撃が大きいから、うまく逃がすんだよ。いいかい?」

綺羅は矢継ぎ早の指示に頷き、耳栓をし、セーフティーバーを外し、撃鉄を上げ、的を狙ってトリガーを引く。

バンッ。

弾がとびだし、それとともに薬莢が落ちてカランと音をたてる。弾は的の少し上に逸れた。
綺羅は銃口を下げ、耳栓を外して虎路を見上げる。

「うん、はじめにしては上出来だ。でも少し上に逸れたね。衝撃を上に逃がしたんだろう?」
こくり。
「それは合っている。でも、9ミリは銃身が軽いから、それが影響してしまうんだよ。撃ち方はそのままで、焦点を少し下に合わせて、誤差をなくしたらいい。感覚をつかみなさい」

虎路は部屋の隅に置かれた木箱を指差す。
「あの箱に弾が入っている。好きなだけ撃つといい。わたしは少し他をまわってくる。いいかい?」

こくり。

綺羅は無言で耳栓をして、射撃の動作に入る。

バンッ。カラン。

口数の少ない子だ。指示に対してはいつもこくりと頷くだけする。
ああそうだ、戸籍に登録するこの子の苗字を決めなければならないのだったな。小栗という名にでもしようか。
虎路は冗談半分にそう思い、少し笑いながら部屋を後にした。


「あらトラさん、何かいいことあったのかしら?いつもより眉間の皺の数が少ないわね」

二階の訓練場に戻る途中、中国人の女教官と鉢合わせた。

「楊影…わたしは虎路だ…。君も上機嫌じゃないか」

虎路は眉をしかめた。
この女はどうも苦手だった。専門の違い、というのもあるかもしれない。虎路の得物が銃なら、楊影の得物は刃物…主にナイフだった。

「そうね、やっと妹の動きがマシになったからかしら。あ、分かったわ、ウグイスちゃんが上達したんでしょう」

楊影はくすくすと笑った。
ウグイスちゃんとは、綺羅の事だ。綺羅は部屋でよく歌う。だから、この施設に寝泊まりする人々には鶯、と呼ばれていた。
実をいうと、虎路もよくトラさんと呼ばれた。ここの住人は人を動物に例えて呼称するのを好むのだろうか。

「綺羅は実弾での訓練に移った。妹とは…節木摩可のことか」
「そうよ、摩可ちゃんも素質があって良かったわ。私、鶯ちゃんにだってナイフの素質あると思うの。いつか生徒交換しましょうね。そうだ、摩可ちゃんと鶯ちゃん、同室にしてあげてもいいんじゃない?歳も近いことだし…でも摩可ちゃんの方が二つくらい歳上かしら?考えてみてね。それじゃあ」

楊影は一方的に会話を終わらせると、ひらりと手を振り、長い髪を翻して去っていった。

虎路は短く息をついた。
自分もあまり人との付き合いは得意ではない…綺羅ほどではないが。
でもそれは諜報員として決して長所ではなく、致命的な短所だ。

綺羅を二人部屋にするのも、いいかもしれない…と思った。
人と接するのに慣れたら、学校にも通わせることができるようになるだろう。

ああ、戸籍の偽造を急がなければ。苗字は…本当に小栗にしてしまおう。



*楊影…ヨウエイと読みます




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