03


「さぁ、君はこれから安全だ。そして、自由だ。まぁ多少の制限はあるがね」

男は自分の寝泊まりしている職場に着くと言った。

「一番君が望むものは何だい?ひとつだけ叶えてあげよう」

しばらく沈黙が続くかと思っていたが、そうではなかった。綺羅はすぐに言った。

「戦い方。戦い方を教えて」

強い瞳。その双眼が男をまっすぐに見据える。
男は息をゆっくり吐いて、腹に力を入れた。そうしないと綺羅の眼光に負けてしまいそうだった。

「いいだろう。ではわたしと職場を同じにすることになるな」

綺羅は男をまじまじと見つめた。

「どうしたんだい」
「あなたは…誰なのか、考えてた。ここはどこ?」

腹の底から笑いが込み上げる。思わず男は声を立てて笑っていた。ああ、こんなに笑うのは何年ぶりだろう。
それは普通ならまずはじめにわたしに問うべき事だ。だがこの子は、それよりも先に私に襲いかかった。それよりも先に戦い方を乞うた。
なんて面白い子だ。なんて向こう見ずな子だ。
ひとしきり笑ってから綺羅を見ると、少女は眉根を寄せ、口をへの字に曲げていた。

「何が…おかしい」
おや、怒っている。

「すまないすまない」
笑いをこらえて言う。

「そう、君は質問をしたのだったね。答えてあげよう。ここは諜報員育成のための訓練場。そしてわたしは教官。もと諜報員だったからね。ああ、名前は…そうだね、戸籍はない。偽造の戸籍ならあるがね。そこに登録してある名前はたしか、笹原だった。でもそんなものに意味はない。わたしは昔からコジと呼ばれてきた。漢字は、虎路。君もそう呼ぶといい」
「虎路…」
「そうだ」
「…話の半分しか分からなかった」
男はまた豪快に笑った。

「そうだろうね。すまない、噛み砕いて話すのは苦手なのだよ。じきに分かるようになるさ。綺羅、君はいくつだい?」
「…7つ」
「そうか、なら、君は小学校に行かなければならないね。すぐに手配しよう」
「小学校…?」
「同じ年齢の子供たちが集まって勉強したり遊んだりするところだ。大丈夫、戸籍の偽造や手続きなどは、こちらでシステムは完備されている」

綺羅はぎこちなく頷いた。
あまり人と話さなかった、それどころか関わりも極端に少なかった綺羅にとって、虎路の発する言葉の数々はほとんど理解できなかったものの、虎路が自分によくしてくれていることは分かる。綺羅は小さく呟いた。

「…ありがとう」

虎路は微笑んでふわりと綺羅の銀髪を撫でた。





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