06
放課後。担任から解散の指示があると、生徒たちはすぐさま教室を出ていく。 直帰する者、部活見学に行く者、友人たちと遊びに行く者。 皆それぞれ時間が惜しいとばかりに、足早に教室から去っていく。
「綺羅」 顔を上げると、目の前に海里が立っていた。すでに教材を片付け、鞄を肩にかけている。 「帰るよ。あ、それとも何か部活の見学行く?」 「いや、いい。帰るか」
教室の引き戸に手をかける。閉める時、ちらりと教室内を振り返る。美紗はまだ教室で友人と話していた。 綺羅に気付くと、また明日、と手を振ってくる。 それに軽く応じ、色の剥げた廊下に踏み出した。
「入倉さんと仲良くなったんだね」 「入倉?…ああ、美紗か」 「いい人?」 「というより、変なやつだ」 「え?」 「おまえと同じくらい、変なやつ」 「ちょ、それ、どういうこと?」 「まぁ気にするな、悪い意味じゃない」
顔を背け、忍び笑いをする。 変なやつら。 一緒にいて、とても楽しい。
「あ、ほら、綺羅笑ってる。ぼくをからかってるでしょ」 「そんなことないさ」 「なんか胡散臭いね、その言い方」 「胡散臭い?海里よりはマシだ」 「えっ、なにそれ!」 「冗談だ」 「なんだよもう」
からりと晴れ渡った空に綺羅の笑い声は吸い込まれていった。
「そういえば、葉山って良い奴だよ」 「は?誰それ」 「え、クラスメイト。体育委員だったと思うけど…あれ、綺羅も体育委員でしょ?」 「そうだっけ」 「そうだよ。じゃあ委員会同じじゃん」 「ふーん」 「なんか、空気が読める人というか、気の利く奴でさ、一緒にいてて疲れない」 「へぇ、今どき、希少価値のある人材」 「今朝のHRで綺羅の悪口言ってた男子もさとしてくれてた」 「そりゃどうも、フォローありがとさん」 「綺羅、気を付けないとだめだよ、目立ったらおじさんに怒られるんでしょ」 「おじさん?…あぁ、虎路のことか」 「そうそう」
綺羅の保護者である虎路は、海里の父親の旧友だった。 そのため、海里は小さな頃から虎路になついていた。
「なぁ海里」 「うん?」 「体育委員会の顧問って誰だっけ」 「えーと、霧瀬先生だったと思うけど…」 「委員って誰が決めたんだ?」 「一学期は先生達が決めちゃうんだよ。二学期からは自分たちで決めるんだけど。どうしたの、急に」 「いや、なんでもない…」
ハンド部、体育委員会、霧瀬先生。 何故だかひっかかる。
とても些細なきっかけ。それはとても小さなこと。だがそれが、やがて物事をややこしくする。
わずかなほころび。はじめ、それは目立たない。よく目を凝らさなければ見えない、服の裾のほつれのように。 でもそれは広がっていく。 少しずつ、分からないくらいに。 そして、小さなほころは大きな亀裂になる。 どうしようもないくらいに。
知っている、この感覚。 胸騒ぎがする。きっと、何かある。
早めに虎路に報告しよう。 綺羅は思った。
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