ぼくはなにもいわない ごめん、暗い 紫苑がネズミのこと嫌い ネズミかわいそう 何年後かの再会 紫苑は行政で忙しくしてる --------- 「ネズミ、きみさ…」 きみさ、しあわせなんだね、ぼくとちがって。きみは、しあわせなんだね。 喉から外に出たがる言葉を、必死で飲み込む。嫉妬につぶれた、醜い声。それを空気に放ってやるものか、無様にさらしてなるものか。それは僅かにのこった、最後のプライド。 目の前で、さらにうつくしくなって自由になったネズミが驚きに目を見開いている。 「紫苑、…どうした?」 きみには、わからないのか。ああ、わからないだろうな。 紫苑は唐突に理解した。西ブロックのネズミの隠れ家で、あの書籍に埋もれた部屋で、ネズミが苛々と紫苑を糾弾した、その気持ちを。 今は紫苑の方がネズミの幸せを妬み、焦がれ、愛よりも憎しみを覚える側となっていた。 ネズミ、きみとはことばがつうじないよ。おなじことばをしゃべっているようにきこえない、きこえないんだ。 「紫苑…あんたはもっと喜ぶと思ってたんだけどな。おれの思い上がりだったか?」 ネズミはきれいな顔で、たぶん彼のいちばん魅力的な表情をつくって、ふふんと笑った。以前より皮肉っぽくなく、かといって清純なわけでもない、程よい艶っぽさ。 昔なら。昔の紫苑なら、この好餌に一も二もなく飛び付いていただろう。そんなことないさ、ぼくはいまでもきみのとりこだ。そんな甘ったるい、陳腐な言葉を振り撒いて。 しかし、人は変わる。紫苑は変わった。真っ白な髪に白髪が増えようもないのだが、そのようなものだ。もう髪に以前ほどの艶はない。依然として肌に這い続ける蛇行跡の色も薄くなった。紫苑の見つめる日常も、薄くなった。 変わらないでくれ、とネズミは言った。そのネズミといえば、健やかに成長し好青年に変わった。紫苑とはなんと対照的な変化だろう。 そもそも、変わるなと懇願したネズミ自身が変わっているというのに、他人の変化を拒むとはなにごとだ。 あたまの中で、まとまらない思いが渦巻く。たくさんの思い、言葉。すべて、醜い断片だ。晒したくない、ことさら、こんなにきれいなネズミの前には。 だから紫苑は口をつぐんだ。 ぼくはなにもいわない。 そして、紫苑はネズミから目を逸らした。もうこの瞳は見ない。眩しすぎて、見られない。 「なあ、紫苑?」 「仕事がまだ残ってるんだ、ネズミ。そろそろ帰ってくれないかな」 「…しお、」 「会えてよかったよ」 あえてよかったよ。 かわいた声で淡々と言う。ネズミを気遣う、うそばっかりのことば。 「ちゃんと休めよ。またすぐ、旅に出るんだろ?」 だったらもう、ぼくのまえにあらわれないで。 ---------- 2014.1.8 明けましておめでとうございます 新年早々こんな暗くてごめんなさいひたすらごめんなさい! ネズミを待つことに、毎日の生活に疲れすぎてしまった紫苑。 自由になって本来の美しさにますます磨きがかかったネズミ。心も純粋になってる。 ネズミを嫌いな紫苑って書いたことないなーと思って、なんとなく。たぶんこれネズ紫、なんとなく。紫ネズだったら救いようなくネズミがかわいそうだもの。カプ逆にしたところで変わらないか…? ネズミ傷つくだろうな…ごめんネズミ。 back |