今度から紫苑の通う小学校には、いつも「朝の時間」というものがあるらしい。朝のホームルームの前の時間だ。
その時間の使い方は季節によってさまざまで、秋から冬にかけては「長縄」をするらしい。その最終目標は、冬のクラスマッチ。特に6年生の気合いの入れようは他学年とは違うらしい。

そんな説明を校庭の隅で担任から聞かされながら、紫苑はこれから級友になる皆がぴょんぴょん跳ねる様子を眺めた。





長縄が終わり、生徒たちは教師に急かされながら教室に戻る。
紫苑は、まだざわつくクラスにおそるおそる足を踏み入れた。

「みんな、今日から仲間が増えるぞ。紫苑くんだ、仲良くしろよ」

力河という名前の、少しタバコの臭いのする中年教師が紫苑を紹介する。
こんな時期に転校生?という好奇の目線の集まるなか、紫苑はぺこりと頭を下げる。

「紫苑です。父の転勤で転校して来ました。よろしくお願いします」

ぱらぱらと拍手がおきる。
はにかみながら少し笑い、できるだけクラスメイトと視線を合わさないように教室の後ろの壁を見つめる。

…え?

不可抗力だった。
紫苑は一対の瞳に引き寄せられるように、目を合わせてしまっていた。
周りから、音が消える。

灰色の瞳。美しい双眸。
そして、人形のように整った容貌、少し長めの黒髪、透けるような白い肌。

一瞬、女の子かと思った。
でも、その子はワイシャツに短パンを履いていた。
紫苑と目が合うと、彼は形の良い唇の端をほんの少し持ち上げ、にやりと笑った。

「じゃあ紫苑、イヴの隣の席にでも座れ」

突然、もとのざわざわした空気が戻ってくる。
どのくらい、何秒くらい見つめていたんだろう?
かあっと顔に血がのぼるのが分かった。

赤面しちゃいけない、余計恥ずかしいじゃないか。
そう思えば思うほど、頬に熱が集まり、引いてくれない。
紫苑は消え入りそうな声で、はいと呟くと、灰色の瞳を持った男の子の隣の席へ向かった。

***

「あんた、その髪どうしたの?」
「え?」

席につくやいなや、彼は話しかけてきた。
いきなりの事に、紫苑は戸惑う。

「あ…、小さい頃病気で…」
「ふぅん。染めてんじゃないんだ。綺麗な色だな」
「え、あ、ありがと…う」
「ん?べつに、褒めてないけど」
「あ、う…うん。あの、きみの名前は…」
「おれ?ネズミ。名字がイヴで、名前がネズミ」
「そっか。よろしく、ネズミくん」
「ネズミでいい。…あんた、変わってんな」

ふふん、と笑ってネズミは椅子を下げた。椅子の足が床に擦れて、派手な音がした。

「こらっ、イヴ、静かにしろ」

力河が呆れたように言う。
数人の生徒が振り返り、くすくすと笑った。
斜め前の席に座っている、よく日に焼けた褐色の肌の女の子は、長い髪を揺らすほど笑っている。

「…なにがおかしい、イヌカシ」

不機嫌そうに眉を寄せ、ネズミが言う。

「ああ?いや、おまえさんにしちゃ、珍しいなと思っただけだけど?」
「は?おまえ…」

からかうようなイヌカシの声に、ますますネズミは機嫌を損ねたようだ。
立ち上がりかけたネズミの腕を、紫苑は慌てて押さえた。
教室の笑いとざわめきが大きくなる。

「ちょっと、あなたたち。少しは静かにしなさいよ。朝からうるさいわ」

最前列に座っているショートカットの女の子が、振り返って教室に渇を入れる。
その声は凛と響き、力河の叱責よりよほど良く効いた。

「…ごめん、沙布」

しゅん、としたイヌカシが前に向き直って言う。
ネズミはといえば、膨れっ面のまま机に突っ伏している。

「あー、じゃあ、そろそろ授業を始めるぞー。教科書の85ページを開けー」

間延びした声で、力河が指示を出す。
紫苑もごそごそとランドセルをあさり、筆箱と少し古びた教科書を取り出す。
それを見て、ネズミは突っ伏したまま顔だけを紫苑の方へ向けて、へぇと言った。

「前のガッコでも、同じの使ってたんだ?」
「あ、うん。たまたまだけど。他の教科の違う教科書は、学校に貸してもらったけど」
「あとちょっとだもんな」
「うん」

それだけ言うと、ネズミはまた腕に顔を埋める。
教科書や筆記用具を出す気配もない。

「…ネズミ?」
「うん?」
「教科書忘れたの?一緒に見る?」

くっくっくっ。
紫苑がそう申し出ると、ネズミは背中を揺らして笑う。

「え?どうしたの?」
「持ってくるつもり、ないし」
「え?」
「おれのランドセルなんて、空っぽだぜ」
「ええっ」
「ははははっ、あんたな、真面目すぎ」
「そうかな」
「そうだよ。だいたいな、おれと真面目に会話してていいの?授業は?聞かなくていいの?」
「あ…」
「まっ、力河のおっさんの授業なんて大したことないけどな」

版書をしていた力河が振り返る。

「なんだイヴ、おれの授業がどうしたって?」
「おやおや、耳の方は、大した地獄耳らしい」

おろおろする紫苑の横で、ネズミは楽しそうに笑った。

***

4時間目の終わりを告げるチャイムが鳴る。
ずっと眠っていたネズミは起き上がり、うーんと伸びをする。

「よう紫苑、給食だぜ」
「おはよう、よく寝てたね」
「おいおい、早速皮肉かよ。ああ、それでな、紫苑。おれ、給食運搬の牛乳係なんだけど」
「え?」
「あ、給食場から持ってくるのが運搬ね。運搬と配膳はクラスの半数で週代わりで交代」
「うん。で、今週は運搬の方なんだ」
「そ。物わかりがいいね。で、おれが牛乳係だから、紫苑も牛乳係ね」
「ええーっ、いやだよ。すごい貧乏くじじゃん」
「おれだっていやだ。今まで大変だったんだからな。手伝えよ」
「しょうがないな」

ネズミと二人で、牛乳瓶のたくさん入った重い容器を持ち上げ、教室まで運ぶ。
やけに長く感じる廊下を二往復して教室へ牛乳を届けると、そこでイヌカシが喚いていた。

「ちょっと床に転がっただけだ、こんくらい食える!」

手にパンを持って、食えるからおれが食う!と主張している。
それを力河が、頭をかきながらなだめる。

「転がっただけっつっても、床だからなあ」
「埃ははらった!」
「でもな、イヌカシ。考えてもみろ、おまえら上履きで廊下や便所まで歩き回ってんだぞ。てことは、ここの床は便所の床と同じだ。おまえ、便器に落としたパン食えるのか?」

ぐっ、とイヌカシが言葉に詰まる。
一部始終を見ていた紫苑とネズミは思わず笑いそうになる。紫苑はすんでのところで我慢したが、ネズミは遠慮なく吹き出す。
イヌカシがネズミに気づいて、くっと鼻に皺を寄せる。

「くくく食えるさっ、そんくらい!」
「イヌカシ、おまえなあ…意地張るな。おまえが腹壊したら担任のおれの責任問題なんだが…」

困り果てた力河の助け船は、またも沙布だった。

「イヌカシ、そのパンはウサギ小屋に持って行きましょ。ほら、お隣のクラスからパンを譲ってもらったわ。欠席の人の分が余っていたからって」

沙布はパンをイヌカシに差し出す。
イヌカシは一瞬言葉を失った後、ごめんと謝った。

「ほんっと、たよりねぇ先生」
「あんだとイヴ、もっぺん言ってみろ」
「やーだ」

ひゅーっと口笛を吹き、ネズミは席につく。
だが感心にもネズミは、いただきます、の挨拶まで食事に手をつけるのをおとなしく待った。
やっとネズミの傍若無人ぶりに慣れてきた紫苑は、むしろ不意を突かれてネズミをまじまじと見た。

「…なに、紫苑」
「いや、意外だなと思って」
「ふふ、食事は神聖なものだ。神と、血肉を捧げてくれた動物や野菜に感謝しなくちゃ」
「驚いた。ネズミ、きみってクリスチャンだったのか」
「は?おれは無宗教だけど。あっ、でも家に仏壇があったな…神棚もあった気がするけど」
「あ…そうなんだ。うちと同じ」
「日本って、どこもそんな感じだろ」

そんな他愛もない話をしなから、優雅な手付きでさっさと食べ終えると、ネズミは紫苑の手を取った。

「紫苑、いいとこに案内してやる」
「えっ、どこ?」
「屋上。秋だから、気温もちょうどいい。…それにな、紫苑」
「うん?」
「教室でぐずぐずしてっと、長縄跳びの自主練に駆り出されちまうぞ」

ネズミはくくっと笑い、紫苑の手を引きながら非常階段を駆けのぼる。
鍵のかかったドアに突き当たると、ポケットから針金を取り出し苦もなく解錠していく。

「…ネズミ、きみすごいね」
「ふふっ。ここに案内してやるの、あんたが初めてだからな」

ドアを開ける。柔らかな陽射しが降り注いでいた。
ネズミはコンクリートの床にごろりと横になり、紫苑を手招く。
紫苑が隣に来ると、ポケットからまた何かを取り出した。

「これやるよ、紫苑。ペロペロキャンディー。おやつだ」
「えっ、いいの?」
「おれのは、持ってる。そのかわり、明日のおやつは、あんた持ち」
「なるほど、分かった」

紫苑もネズミの隣に寝転がると、空を仰いで笑った。


fin.


お待たせしました…っ!!
49000、Jさまより「12才の転校生紫苑が、在校生のネズミと出会う小学生パロのお話。紫苑寄りの視点」というキリリクでした!!
自分の小学生の頃の事を思い出すの、とても楽しかったです!!
でもこれ…6年生?なんか幼くない?って感じになってしまいましたが…^^;
うちの小学校、ほんとに長縄に熱かったのでエピソードとして入れたかったんですが…あれ?ってなりました、無念です(笑)
いつも昼休み返上で特訓してーってやってました!でもネズミと紫苑は屋上でサボってます!
これから紫苑はきっと、ネズミに連れ回されて、真面目すぎる学生から普通のお茶目な学生になっていくんだと思います^^
ネズミも、今までの不良ぶりが少しずつ更正されていくんじゃないかと…お互いに良い影響を与えあっていたらいいと思ってます!
こんな駄文ですみません、返品書き直し受け付けておりますので!
これからもよろしくお願いいたしますm(_ _)m

タイトルは、さまよりお借りしました。
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