がちゃりと、少し錆びて軋むドアを開けて、紫苑は地下の部屋に入る。

「ただいまー」

いつも、ネズミの方が帰りが遅いことが多く、返事があることは少ないが、紫苑は必ずそう言うことにしていた。
この日も、おかえりという返事は返ってこない。

あ、やっぱりネズミはまだ仕事か…と思ったが、ふとベッドの方を見遣ると布団がふくらんでいる。

「ネズミ?いるなら返事してくれてもいいのに…。あれ?ネズミ?…調子悪いの?」
「うるさい。近寄んな」
「…ん?なんだかきみ、今日は声が…高くない…?」
「いいから、来んな紫苑っ」


!?


ネズミを心配する紫苑が、その拒絶に聞く耳を持つはずもない。
紫苑はネズミの言葉を無視して、ベッドに近寄る。

「ちょっと、どうしたんだよ、ネズミ」

ネズミは布団にくるまり、ベッドの壁際ぎりぎりまで後退している。

「…あ、分かった。きみ、きっとまた何か怪我して帰ってきたんだろ。それで、ぼくに傷の治療をされるのを嫌がってるんだな」

紫苑の声が低い。
ぴくりと、ネズミの肩が震えた。

「ちょ、いや、紫苑、ちが…」
「じゃっ、何だよ。怪我したんなら、ちゃんと消毒しなきゃだめだ。いいから、見せてみなよ」
「違う、本当に…、し、紫苑、やめ…」

紫苑はまるで母親のように、問答無用でその布団を剥ぎ取る。

しかし、目の前に現れたネズミの姿に、紫苑は大きく目を見開いた。

「な…っ、ネズミ…きみ」

ネズミは顔を真っ赤にして、ベッドの隅でできるだけ小さく体を丸めて三角座りをする。
ふてくされながらも開き直って、紫苑に凄む。

「なんだよ」

でもそれは、いつもより声が高いせいか全く迫力がない。

「ネズミ…っ、ネズミ…!」
「だから、来んなって言っただろうが、紫苑」
「ぼ、ぼくの目がおかしいのかな、ちょっと、ほんとに、きみ…どうしたの?」

ネズミは…ネズミは、女の子になっていた。

***

「ネズミ…なんで女の子になったのか、聞いてもいい?」
「おれが知るかよ」
「じゃあ、いつから女の子になってたの?」
「…朝、起きたら」
「えっ、ぼく気づかなかった」
「あんたは鈍感だからな」

ははっ、といつも通りに笑うネズミを、紫苑は見つめる。

顔が少し小さくなった気がする。きれいな眉、細くなった顎、顔のわりに大きな灰色の瞳が際立っている。
首筋や肩も華奢になり、白いうなじにかかる長めの黒髪が少女らしい。

紫苑はだんだん視線を下げていき、それはネズミの胸のところで一時停止する。
超繊維布を羽織っているせいであまりわからないが、その輪郭線は明らかに女性のものだ。

「紫苑」
「うん?」
「あんた、どこ見てんだよ」
「え?ああ、ええと、胸が──」

最後まで言い終わらないうちに、ネズミの平手が飛ぶ。

「こ…っ、こここの変態っ!見損なった…!」

頬を上気させ、ネズミは憤怒の表情で仁王立ちに立つ。
一方紫苑は、打たれた左頬を押さえながら、ぽかんとしている。

「…ネズミ、どうしたの?」
「は?」
「痛く、ないんだけど。しかも、平手打ち…?」
「え?」
「この前喧嘩した時は思いっきり拳で殴られた記憶があるんだけど。なんか、行動パターンまで女の子になってない?」
「なるほど、分かった。そんなに拳が良かったか。歯くいしばれ」
「ちょ、ネズミ?えっ、そうじゃなくてっ」

今度はネズミの拳が飛んでくる。
咄嗟に紫苑はネズミの手首を掴み、直撃を防ぐ。

「…あれ?ネズミ、力まで弱くなった?わ、手首も細いじゃん」

拳を阻まれたネズミは、くっ、と悔しそうに顔を歪める。
だが今の紫苑には、それさえも可愛らしく見えた。

「ネズミ…っ、かわいい…っ」

そのまま、ぎゅっとネズミを抱きしめる。柔らかい。
ネズミは紫苑の腕のなかでじたばたもがく。

「ばっ、離れろ、馬鹿!」
「ふふっ、ねぇネズミ」
「なんだっ」
「気が付いてた?ぼくの方が背が高い」
「…っ」
「ふふふ。ぼく、このままネズミが女の子になっちゃっても全然かまわな…」
「この鬼畜野郎!」
「ああもう、最後まで聞いてよ。きみは困るよねって言おうとしたのに」
「あああ当たり前だっ」
「やっぱり、解決策は考えなきゃだめだよね…うーん」
「考え込む前に手を離せ!」
「えー。いやだ。もう少しこのまま」

ネズミの渾身のアッパーカットが、今度は紫苑に直撃する。
これにはさすがに紫苑も涙目になったことは、言うまでもない。

***

「じゃあまず、この一週間で食べたものを思い出してみようか」

ようやく二人とも落ち着き、向かい合って座り、白湯をすすっている。

「7日前に食べたものなんか、あんた覚えてるわけ?」
「もちろん。えっと、普通にクラッカーだった。湿気てもなかったしカビてもなかった。6日前はシチュー、5日前もその残り、4日前は乾パンと干し肉だったよな」
「さっすが。でも3日前のはおれも覚えてる。豪勢なパイだったよな」
「うん、パイとサラダ。一昨日はまたクラッカーで」
「昨日もクラッカーで」
「それで、今日は乾パンだけだよな。…それで肝心なのは、きみは食べてて、ぼくは食べてないものが何なのか、だよね」

うーん、と紫苑は考え込む。
ネズミも眉をしかめ、首をひねる。

「同じもの食べてるよね?」
「おれも外食なんかしないし。危険すぎる」
「拾い食いとかしてないね?」
「まさか、あんたじゃあるまいし」
「え、ぼくだって、そんなことしないよ。ネズミ、ちゃんと思い出してよ」
「…あ」
「なに、思い出した?」
「…酒を、飲んだな」
「は?」

すっ、と紫苑は目を細めた。
その視線に咎められ、ネズミはたじろぐ。

「いや、飲み屋に行ったとかじゃないぜ。ファンからもらった小さな小瓶の酒を、家で飲んだ」
「ふぅん。いつ?」
「…昨日の夜。あんたが寝てから」
「確実に、それが原因だと思うけど。ねぇ?」
「否定は…しない」
「なんで不用心にそんなもの飲んだんだ」
「…上質なシャンパンだったし。味もちゃんとしてたし」

ネズミは、しゅん、としおらしくうなだれた。
そのあまりの可愛さに、怒っていた紫苑も頬をゆるませる。

「ま、ぼくはきみが女の子のままでもかまわないんだよ?」
「紫苑…!」
「もともと、きみの不注意が原因だし?」
「なっ…、見捨てるなよ、あんた生態学専攻の元エリートだろ?なんか薬でも作れないのかよ」
「そんなこと言われても…だいたいそれ、人にものを頼む態度じゃないよ」
「…すまない紫苑、どうにかおれを元に戻してくれ」
「えー、もっと可愛く」
「は?」
「もっと可愛くおねだりしてよ」
「なっ…、ふざけんな」
「じゃっ、知らないよ?」
「うっ…」

さて、この後のことは推して測るべし。
数日後には、紫苑のおかげか単に薬の効き目が切れただけなのか、無事ネズミは男に戻れたようだが、久しぶりに劇場に現れた彼はげっそりやつれていたという。
一方、紫苑の肌つやは輝かんばかりであったとか、そうでなかったとか。


…覚えとけよ、紫苑

え?なんのこと、ネズミ?

とぼけんな。…ふふっ、あの酒、まだ残ってんだからな

えっ…、ええ!?

いつかあんたにも、同じ思いをさせてやる…!




41000hit、塩水さまより『NO.6でネズミ後天性女体化ネタで紫ネズ』というキリリクでした!
素敵なリクエストをありがとうございます!!
もうニヤニヤしながら楽しく書かせていただきました!(楽しいのはきっと私だけですが…すみませんんん)
どうにか…こう、脳内補完でよろしくお願いします…!今回もラスト丸投げしてしまいました…(;´`)
あ、でも、ごみばこにある女体化ネタの二人は、この二人のその後だったりします。
ごみばこのは、あまりにひどかったのでボツネタにしたんですけどね…(^^;
一応この二人は原作沿いです…妙にネズミがしおらしいけど…ああ力量不足に歯軋りです…うう。

こんな駄文でごめんなさい、返品及び書き直し受け付けておりますので…!m(__)m
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