「トリック オア トリート」
呪文のように呟いて君はそれをひょいと口に放り込んだ。 一瞬の出来事。あ、と声を上げる隙すらなかった。
ケーキの真ん中にあったはずのたった一つの苺は消えて、変わりに生まれた窪み。そいつと目が合って、その存在感に少しだけ、圧倒される。
「…これ、俺のために買ってくれたんじゃなかったの?」
「ごめん」 君はいつもみたいに笑った。
「まぁ別にいいけどさ」
"とりっくおあとりーと"は魔法の呪文。 今日は何してもいい日だとか思ってるでしょ。お前のことだからどうせ言いたいだけなんだろうけど。
面倒臭いから言いたいことはとりあえず自分の中にしまっておく。
「…怒ってる?」
「いんやー」
俺、そんなにちっちゃい人間になった覚えはないよ。
君は蝋燭を取り出してケーキに立てようとしている。何日か遅れた、誕生日のケーキ。やっぱり蝋燭は立てないと気が済まないらしい。 それをぼんやり眺めた。
飾りの苺がなくたって、ケーキはケーキ。真っ白なクリームは甘いだろうし、ふわふわのスポンジの間にもスライスされた本物の苺が挟まっていて、それは美味しいことだろう。
だけど、なんだろうね、違和感。 不思議な空虚感が拭えない。 ああもう、その窪みのせいだ。そいつと目が合っちゃったからだ。
所詮ハウス栽培の、それも飾りの苺が一つ失くなっただけだと言い聞かせるけど、目の前にあるケーキは既にさっきまでのものとは別のものになっていて。
きっとそれほど重要なものだったのだ、このケーキにとっては。一人で納得。
明かりを消して、一年に一度、この日だけ歌ってもらえるあの歌を聴いて、あれ、自分いくつになったんだっけ。一瞬考えてしまうくらいには歳を重ねてきたらしい。
蝋燭の火を吹き消すと、途端にあったかい暗闇に包まれて、白いケーキがぼんやりと浮かんだ。
「おめでと。」
気のせいかな、今夜の君の声はいつもより温度があるような。
再び電気を点けて見たら、無機質な明かりの下で、君はやっぱりいつもみたいに笑っていた。 皿の上のケーキに苺はなく、またしても俺の目と思考を奪う、穴。
何が失くなった? 分かってるよ、苺だろ。 じゃあ何が残った? ショートケーキから苺が失くなったらさ、
見つめれば見つめ返してくる白い眼窩に心の中で問う。 そいつは静かに眼を瞠ったまま。 ねえ、お前、だれ。
いつまでもそいつとにらめっこしていても仕方がないから、とりあえず、いただきますを言ってからフォークを取って手を付けた。 上等なクリームが口内に広がって、甘い。それはたしかに正しい"イチゴショートケーキ"の味がした。
「…美味し」
「それはよかった」
向かいのいつものポジションに座った君が嬉しそうに笑ってまたおめでとうと言ってくれるものだから、俺は三度目のありがとうを言った。 できるだけいつもどおりな声でありがとうと一言言った。
こういう時、他になんて言ったらいいんだろう。 君と違ってまだまだ俺は伝える術が足りなくて、ただ、ありがとうって単語だけが壊れたように頭の中を駆け巡る。
ありがとう、アリガトウ、蟻が問う… ありがとうって、何だっけ。
「ん」
君にフォークを差し出したらちょっと驚いた顔をしたけど、すぐに笑ってぱくっと食べた。
「うん、美味い」
「な。」
そうした頃にはもう、自分が食べてるものの正体なんて気にしていなかった。
苺がないショートケーキ
君に苺を食べられた。 要するに、それだけ。
20101031 穴の空いた僕と、苺好きな君の悪戯
滑り込みはっぴーはろうぃーん!
ガーコ様よりいただきました! ありがとうございましたっ(Тωヽ)感涙
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