※注意※

・当方の刀剣乱舞知識はアニメのみ。
・キャラ崩壊&かっこいい刀剣男士はいない。
・女性審神者で、性格はコミュ障でダメ審神者(基本、刀剣男士召喚&具現化以外のことは出来ない&基本バカです)。
・合言葉は“バファリンの半分は優しさで出来ている。夢あるあるの話の9割は捏造で出来ている。” 
・かなりのオリジナル設定があり。
・お手数をおかけして申し訳ないのですが、第4回「病」の“その温度が僕を泣かせる”を読まれてから、今作品を読まれることをオススメします。
・安定の駄文・駄作クオリティは通常運転。



以上を読んでもバッチコイの猛者の方のみお進み下さい。














それは、鶴丸の一言から始まった。

ある日の夜、鶴丸が“皆で一緒に肝冷やそうぜ!”と討伐に行った先の時代のレンタルショップで、DVDのセールがしていたからとホラーDVDを数本購入してきたので(勿論、その後、長谷部にメチャメチャ説教された)、翌日は討伐も遠征もないからと、本丸の皆で居間のテレビを囲み“主囲んで、本丸の居間deホラー映画観隊”とかいう名称の鑑賞会をしたのだ。

流石、“それじゃあ、驚いてもらおうか”が口癖の鶴丸セレクトなだけあって、日本のホラー映画全盛期の代表作ばかりがラインナップされたものだから、(セレクトがエゲツナイなぁ……ハッハハby−ジジイ)一期、薬研を除く粟田口達が“夜中にひとりでトイレに行けないよ!”と泣いて怯えたという、鶴丸以外、誰も得をしない状態で鑑賞会は幕を下ろしたのだった。

鑑賞会が終わったのは深夜で、居間の片づけは明日にしようと燭台切光忠とへし切長谷部が言い、それぞれの部屋へ帰ろうとした時だった。
御手杵が自分達の主であり、皆と同じく自室に戻ろうとする、この本丸の審神者である名前に声をかけたのだ。

「主、ひとりで大丈夫か?」

「うん。」

隣には長谷部がいてくれたし、時々、御手杵が話かけてきてくれたお陰で思ったよりは怖くなかったしと思いながら、彼女は御手杵に返事をした。
しかし、御手杵はなおも真剣な表情で心配そうに

「そっか。けど無理はするなよ。主……中学生位の時、ほん怖観て……夜中にトイレ行けなくて2週間くらい、かあちゃんと一緒に寝てトイレ付いてきてもらってたんだろ?もし、夜中にトイレ行けなくなったら、すぐ呼べよ。」

と続けたものだから、自室に帰ろうとしていた刀剣男士達の足が一斉に止まり、ふたりに注目した。

「大将、それなら俺らと一緒に寝るか?今夜、弟達(こいつら)がトイレ行けないからって一兄と俺で、弟達(こいつら)の部屋泊まるし。遠慮なく起こしてくれて良いぜ、なあ一兄。」

「主と長谷部殿が良いなら……。」

と言う薬研藤四郎に一期一振が笑顔で頷く。

「え〜!主様、僕達の部屋に泊まってくれるんですか〜。」

「主、俺の隣!俺の隣ね!」

「ちょっと、待て粟田口!主を男部屋に泊まらせるわけには……ゴフッ!」

「短刀……集団になると強ぇ……。」


と先程まで一期一振の腰の辺りに巻き付いていた粟田口達が一斉に、その言葉に目を輝かせ名前の元へ、防御しようとした長谷部を弾き飛ばして集まる。傍から見ればホノボノとした雰囲気だが、彼女は混乱していた。
何故、本丸に来る前の出来事を、ここで、しかも最近、顕現したばかりの御手杵が知っているのかとか、粟田口達との距離が近すぎることとか、流石に付喪神とはいえ男ばかりの部屋に泊まるなんて出来るわけないとか……一瞬にして様々なことが不自由な名前の頭に駆け巡り、脳ミソの容量が少ないため処理しきれず思考停止状態に陥っていた。


「そうだな……主の部屋、俺らの部屋から遠いし……いいんじゃない?元は刀だし、刀に囲まれて寝てると思えば……それに、呪いのビデオとかのホラー映画観て1週間後にマジで死ぬって思いこんで……主……寝不足になったことあるんでしょ?寝不足はお肌の大敵だよ〜。」

と眠いのか欠伸をしながら加州清光が呟く。

(何でそれ知ってるの!誰にも言ってないのに……。)

と粟田口にもみくちゃにされながら彼女は益々混乱した。
この本丸の旗印であり、中心人物の審神者である者のことを刀剣男士が知っていることは“普通”の本丸なら、なんらおかしいことではないのだが、この本丸は審神者である彼女が“重度のコミュ障”であり、実家時代も“喋るとバカがバレるから喋るな”と言われていたため自分のことを伝えるという一般人には至極簡単なことが、彼女にとっては困難この上極まりない事なのだ。そして、本丸に来てからは、翻訳コンニャ●ならぬ“主の御世話係”の長谷部が、彼女の言葉を分かりやすく噛み砕いて推敲して再構成して他の刀剣男士に伝えていたため、正直、この本丸に来てまともに喋っている刀剣男士は長谷部だけなのだ。


(皆とは……最近は少しずつ喋ってるけど……自分のことなんて話してないのに……。)

「え〜!それ僕知らないんだけど!何で清光知ってるのさ!?」

(そうやって聞けばいいんだ!安定ありがとう!)

と大和守安定が加州に詰め寄り、内心は聞きたくてたまらないが聞き方を知らない名前は心の中で安定に感謝した。
するとその勢いに気おされた加州は


「いや……えっと……この間、お前が討伐行ってた時に……長谷部が言ってたんだけど……そんな怒ること?怖いよお前……顔が。」

と、しどろもどろに告げる加州に詰め寄っていた安定が

「僕がいる時に話してよ!ずるいよ!僕だって主のこと知りたいのに!」

と今度は長谷部に詰め寄る。

(ていうか安定、それ私の個人情報……。それを何で長谷部さんに聞くの?)

と長谷部達の姿を見てどうしたものかと困惑していた彼女の肩にポンと誰かが手を置いたかと思えば、フワッと生暖かい吐息のような風が耳朶に吹きかけられゾワッとした名前は、声にならない悲鳴を上げ、その場から飛びのいた。


「ハッハッハ、成程な……主は耳も弱いと。項も弱いがな。」

「み、みみみみみみみ三日月さん!やめてください!!!」

と耳を押さえながら、壁際にずり下がる名前は大声で怒鳴った。

「主のあんな大きな声……初めて聞いた……。」


「伽羅ちゃん。多分、突っ込むところそこじゃないと思うよ。でも僕も久しぶりに聞いたな。“ダーツの旅の方言のキッツイご老人の言葉を字幕表記した時”みたいな叫び声。」


と呑気な伊達組の大倶利伽羅と燭台切を尻目に、三日月宗近は座り込んでいる名前の傍にしゃがみ込みながらニッコリ笑い

「い、いや……来ない……で……。」

「加州だけじゃないぞ。俺も主のことは知っている。長谷部からの又聞きではあるがな……確か小学生の時に……。」

その1分後、バチーンという派手な平手打ちの音と共に、居間の障子が壊れるんじゃないかという勢いで名前が障子を開けて、本丸の自室に泣きながら逃げ帰ってしまったのだった。


―それから丸3日、名前は自室に引き籠り出てこなくなった。


「ややこしいことになったよね……。」

と、燭台切は御厨で朝食を作りながら溜息をついた。

「すまん……元はと言えば俺が余計なことを言ったせいで……。」

珍しく、御厨の手伝いでジャガイモの皮むきをしている御手杵が暗い顔で謝罪する。

「別に御手杵くんのせいじゃないよ。悪いのは長谷部くんと都合の悪い時だけ難聴とボケを併発するおじいちゃんだし……ただ、君みたいに、そういう素直に反省・謝罪出来る点は、この本丸の男士に著しく欠けてて非常に困窮し且つ深刻に不足しているけど、早急に火急に必要不可欠なものである美点だと思うから、これからも持ち続けて欲しいな僕は。ね、口の軽い長谷部くん?ちゃんと聞いてた?口に漬物石が必要な長谷部くん?えらいよね〜御手杵くんは。」

と、燭台切は笑顔で、隣で味噌汁をかき混ぜている長谷部に声をかける。

「俺も……反省はしている。」

とグッと詰まりながら長谷部は呻いた。

「けど、口が堅そうなのに……何で、主の昔話なんかしたんだ?」

と御飯を御櫃によそおいながら大倶利伽羅が長谷部に尋ねた。


「いや……それは……。」

「大体どんな理由があるにしろ、女の子のそういう話はしないのがマナーじゃない?長谷部くん自覚ないだろうから言っておくけど、今の長谷部くんアレだからね。思春期の娘にかまってもらえなくて関心引こうとして苦し紛れに“お前のオムツ俺が替えてやったんだからな!”とか“毎日、キスして風呂も一緒に入ったんだからな”とか余計に嫌われるようなこと言う悲哀帯びた、くたびれた中年の父親だからね。主的に見れば。」


と容赦のない燭台切の言葉が長谷部を襲った。
指摘された内容に相当、心当たりがあるのか長谷部はオタマを持ったまま、その場に座り込んでしまった。


「そんな所でしゃがまないで、ちゃっちゃと味噌汁を御椀に移す!」

「み、光忠……もう、その辺で……長谷部、折れるから……何かもう“顕現してスイマセン”とか置手紙して首括っちゃいそうだから……やめてやれ……。」

と、とりなす御手杵に燭台切は

「それもそうだね。まあ、主の引き籠りも今日までだよ。」

と、燭台切は先程から、刀剣男士の朝食とは別に細々とした様子で作っていたものを皿に移し、この本丸では珍しい銀のプレートの上に次々とのせていった。


プレートの上には、グラスに入ったオレンジジュースやフレンチトースト、それにクラムチャウダーとカリカリのベーコンとフライドオニオンがのったシーザーサラダに、彩り豊かなカットフルーツと、おそらくコーヒーか紅茶が入ったポットとカップがのせてあった。


「何だ、こりゃ。」


と、御手杵が呟いた。他はどうかは知らないが、この本丸では食事は3食ともに和食中心であり、彼らがいた時代もまだ和食しかなかったため、洋食がよほど珍しかったのか御手杵は銀のプレートにのる洋食から目が離せなかった。
燭台切は気にせずに


「主が引きこもって、もう3日たつでしょ?いい加減、主の部屋にある非常食のストックも切れてくる頃だろうから、単調なジャンクフードの味にも飽きてるだろうし、お腹も空いてる筈だよ。そこに主の好きなものばかりのった朝食が出てきてみなよ。絶対、出てくるよ。お昼ご飯も主の好きなものにして、午後の御茶の時間は、焼きたてのスコーンにクロテッドクリームどっさり付けて貰って主に食べてもらおうと思ってるんだ。朝食終わったら粟田口達にハーブ畑の横にテーブル用意して貰って……前に主が一生懸命、テレビで放送してたイギリスのアフタヌーンティー特集、観てたからね。美味しいもの食べて賑やかにしてれば嫌なことも忘れちゃうでしょ?」

「へぇ、流石……伊達家にいただけはあるな。俺なんて出来ることと言ったら刺す位と最期に燃え落ちた記憶がある位だもんな。あと……たまに本のにおいとか沢山の本といつも一緒にいた気がするくらいで……最近は何かいつも沢山の人間に見られたり写真撮られたりする夢もみるか……な?」

と感心する御手杵に燭台切は

「確か、御手杵くんは燃えたあとに写しが造られて、図書館からの美術館だったよね。気持ち分かるよ。僕も……燃え尽きなかったけど蒸し焼きは辛かったから……。いきなり揺れるし火がつくし、誰も来ないし、何か音凄いし……いつ終わるんだろうって……。(※関東大震災で蒸し焼き状態になるが現存。)」



と返すと、笑顔で銀のトレーを持ち名前の所へ向かった。
名前の部屋の前につくと、プレートを片手に持ちかえて襖を軽くノックしてから、燭台切は声をかけた。


「主、おはよう。起きてる?お腹空いたでしょ?主の好きなものばっかり作ってきたから、此処を開けてくれないかな?」


返事はないが中で名前が動く気配を感じて、どうやら起きているようだと燭台切は胸を撫で下ろした。彼の元の主の伊達政宗も正室以外にも側室を数多抱え、その中には外国人もいた。彼が側室との間に多くの庶子(正室以外の子供)を作ったために、それが後の江戸三大御家騒動の1つである伊達騒動の遠因になりはしたが、彼の存命中は正室と側室の間には目立った争いもなく、それは一重に伊達政宗の女の扱いが上手かったからであろう。
それを間近に見てきただけに、燭台切は女性の扱いに関してはちょっとした自信があったのだ。

(こういう時は焦っちゃダメだ。向こうが返事してくれるまで、声をかけてくれるまで待つ……だよね政宗公。)

しかし、待てど暮らせど返事はなく、流石に持ってきた朝食が冷めるのが気になったのか燭台切が声をかけようとした時だった。

スッと襖の間から、和紙の細長い短冊が出てきたのだ。
それを手にとってみると


“食べたくありません。ほっといて下さい……。”


とだけ書かれてあった。


======

「で、何この地獄絵図……。」


とお茶を貰いに御厨に来た加州が呻くように呟いた。
御厨に入った瞬間、目に飛び込んできたのが、ひたすら無言で大量の大根のかつら剥きをしている燭台切と、その燭台切に向かい“旨い!この甘い卵パン(フレンチトースト)サイコー!このアサリと野菜の牛乳の汁(クラムチャウダー)も凄いうまい!光忠、料理の天才!”とひたすら彼をヨイショしながら見慣れない洋食を凄い勢いで食す御手杵の姿と、滑子の栽培の培地にしたらワッサーと収穫できそうな勢いのジメジメした空気を纏う体育館座りする長谷部だったのだから無理もない話であった。

(何か、すごーくメンドクサイ修羅場に来ちゃった……?)

と、コソッと帰ろうとするところを、御手杵が加州の存在に気づき、口の中にまだ嚥下しきってない食べ物があるにもかかわらず


「い゛い゛どごに゛ぎだ!だのむからずてないでぐれえええええ!!!!!!」

「汚いぃぃ!飲み込んでから喋ってよ!食べ物出てるから!髪と着物につく!!」

と加州にしがみついてくるため、彼が喋る度に容赦なく加州の髪と着物に御手杵が咀嚼した燭台切の作った洋食の残骸が付くのであった。


=====


「で、要するに主の精神攻撃にやられて皆この様な訳?」

と御厨の惨状の訳を聞いた加州が呆れたように溜息をついた。

「多分、主は精神攻撃を加えてるつもりはないと思うが……。」

とようやく、まともに会話出来る相手が出来たため、比較的、落ち着きを取り戻した御手杵は加州に湯飲みを渡した。

「確かに……主……バカだから、そんな綿密に計算しないと出来ない高等戦術……使えるわけないか。」

と加州は天井を見上げた。横では相変わらず大根のかつら剥きに没頭する燭台切が、たまにそれで菊や薔薇や臥龍梅(伊達政宗の菩提寺にある朝鮮の役で持ち帰った例のアレ)や鶴を作るなどして無駄に匠の技を発揮しており、長谷部は相変わらず沈んだままで、大倶利伽羅はキビキビとひとりで片づけと昼食の仕込みに勤しんでいた。

「出てくるまで放っとけば……一生あのままって訳でもないだろうし。この短冊の“……。”にメッチャ拒否の意思を感じるし。」

と燭台切が持ち帰った短冊を片手で摘みあげて加州は1つ背伸びをした。

「ええ、放っといたら、放っといたで……何か感じ悪くないか?」

「いや、下手に構って今の状態でしょ?俺アレが不味かったと思う。主、泣いて帰って部屋に引き籠った直後に、謝りに行くって言って……。」

と加州が3日前の出来事を頭に浮かべた。
名前が泣いて自室に引き籠った直後に、元凶の長谷部と三日月が謝罪に行ったのだが、


『主、主、謝るから出てこぬか?俺達が悪かった。泣かせるつもりはなかったのだ。俺は主が小学生まで寝ションベンをしていても、スイカの種を飲み込んで臍から芽が出てくるという母者の嘘を真に受けて大泣きしたことも、国宝の長谷部を落として、ちょっと傷つけたことを黙って誤魔化したことも、トウモロコシを大量に食べて腹を下して寝込んで、でも懲りずにそれを毎年繰り返していたことも、授業参加の日に先生のこと“お母さん”と言ってしまって参観していた保護者とクラス中の笑い者になったことを知っても、俺は主が大好きだぞ。だから過去のことは気にするな。ちなみに今の話のソースは全部、長谷部だ。』

と傷口に練り辛子と豆板醤と山葵を抉り込んで擦りこむようなことを三日月が言ったため、当然ながら同行していた長谷部がブチ切れ無言で抜刀し

『じじいぃぃぃぃ!先程の遺恨覚えたるかああああ!』

と、松ノ廊下で吉良に斬りかかる浅野匠守よろしく、大きく振りかぶって斬りかかろうとするのを“絶対、何かやらかす”と心配して付いて来ていた燭台切達が必死で止め

『は、長谷部くん!殿中でござる……殿中でござる!……じゃない!主の部屋だから!主の部屋の前だから!』

と騒いでいた隙に

『あ』

と大倶利伽羅が呟き、それを聞いた燭台切が

『ちょっと伽羅ちゃん!見てないでこのバーサーカー止めるの手伝ってよ!』

と叫ぶ彼に大倶利伽羅が

『いや……今、主が……襖につっかえ棒する音が聴こえた……。』

『……何でそのまま、つっかえ棒するまで見守ったああぁぁぁぁ!』


と、まあ、これが3日前の出来事であり、名前が完全籠城を決め込んだ出来事でもあった。幼少時の恥ずかしい話を延々暴露されて、その情報源が1番信頼してきた刀物(じんぶつ)だったのだから無理もない話である。


「もう少し様子見たら?かまえば、かまうほど本人も出にくくなると思うよ?これ以上、こういう鬱陶しいポンコツを次々練成するのもどうかと思うし。お茶、御馳走様。俺、安定と稽古の約束してるから行かなきゃ。」


と、加州は湯飲みを大倶利伽羅に渡すと、ひらひらと片手をふり御厨から出て行った。

「アイツ……本当にあっさりしてんなぁ……。加州の言うことにも一理あるとは思うんだが……。」

と御手杵がチラリと燭台切達を眺め溜息をついた。


「これらをどうしたらいいもんかねぇ……。」

と天井を仰ぎ呟いた。するとバタバタと騒がしい足音がしたかと思えば、ガラッと御厨の扉が開き、そこには息を切らした名前の姿があった。

「あ、ある……。」

と、御手杵が“これでこの地獄絵図から解放される!”と嬉しさのあまり涙目で彼女に抱きつこうとするが

「長谷部さんは!長谷部さんは!」

と逆にジャージの端を掴まれて問いただされてしまった。

「え、長谷部は……そこに。」

と、御手杵が後ろの方を指すと、土間に体育館座りしたままの長谷部がおり、それを見た彼女は御手杵から素早く離れると、長谷部の背に抱き付いた。


「主、大胆……。」

「うわ!」

と、大倶利伽羅と御手杵が驚くのも構わず彼女は


「良かったぁ……。部屋の外から“長谷部が顕現してスイマセンって御厨で首括った”って声が聞こえて……良かったぁ、生きてる……。」

と言い終わると同時に彼女は泣きだしてしまった。

「あ、主?え、距離が近い!え?何で泣いているんですか?え、主!」

ようやく、彼女の存在に気付いた長谷部だが、今度は赤くなったり、オロオロしたりと
どの道、使い物になってはいなかった。


「もう、心配させないで!長谷部さんが首括ったって聞いて……私……ばか!バカ!ばか!もう嫌い!」

とボスボスと長谷部の背中を拳で叩く、いまいち状況が飲み込めていない長谷部もオロオロとしながら

「えっと……申し訳ありませんでした。長谷部は刀ですから主より先には死んだりしません。それより……。」

と、長谷部は名前の方に向き直り、両手を彼女の頬を包むように添えると、顔をあげさせた。

「ようやく、御顔が拝せました。主の御顔が拝せて……御声が聞けて……俺、嬉しいです。おかえりなさい。」

とニッコリ微笑み彼女の顔を見つめた。

「……ご、誤魔化されないんだから……。」

と長谷部の視線から逃れようと顔を反らしながら名前はぶっきらぼうに呟いた。

「はい、心得ておりますよ。」

「……完全に許した訳じゃ……ないんだから……。」

「許していただけるように、主の御傍から離れません。」

「し、心配かけて……私もごめんなさい。」

とギュッと長谷部に名前が抱き付く。

「主……。」

と、長谷部も彼女の背をそっと抱き返すのだった。


「良かった!本当に良かった!良い話だ!良い話だ!もう解決したなら何でもいい!」

と状況が良く飲み込めてはいないが、何とか問題が解決したのと漸くこの地獄絵図から解放される安堵感とで御手杵はふたりを眺めながら惜しみない拍手を送ると同時に、感涙なのか安心感なのか疲労感なのか流した本人にも判別がつかない涙を滝のように流していた。

(光忠は……このままだけど……というか誰がそんな嘘を……。)

と、もう大根のかつら剥きマシーン(時々、匠の技発動)と化している燭台切を見ながら大倶利伽羅は、誰が“長谷部が御厨で首を括った”などと言いだしたのだろうと口元に手を当てた。

「誰だか気になるか?」

と不意に声がしたかと思えば、振り向くとすぐ後ろに鶴丸がいた。

「いやあ、あそこまでコッチの思惑通り引っかかってくれるとは……仕掛けたコッチが驚いたが、まあ上手くいって何より、何より。しかし、長谷部のあの台詞は……醜男(ぶおとこ)と平均顔が言ったやった日には完全な事故案件だな。流石、長谷部。前の主が歌舞伎者だけあるな。」

とカラカラと笑う鶴丸に、大倶利伽羅は溜息を吐きながら

「やっぱりアンタだったか。」

と呆れたように呟いた。

「そう、俺、俺。少し不謹慎だとは思ったが……こうでもせんと出てこないと思ってな。流石は俺、結果は上々!やはり年の功という奴だな。」

と満足げに頷く鶴丸に

「新手のオレオレ詐欺か……。」

と、大倶利伽羅は呟いたのだった。
そういう訳で、本丸の審神者自室に籠城事件は解決したのだが……収穫した半分の大根を燭台切がかつら剥きにしてしまったものだから、本丸の御膳の常連に切り干し大根が加わったんだとか何とか……。

======

「お小夜……。」

「はい、江雪兄様。」

「切り干し大根……美味しいですね……。」

「……はい。」


「っていうか、また切り干し大根!毎日毎日いい加減にしてくれよ!」

と、叫ぶ浦島虎徹に、長谷部が

「出されたものに文句を言うな。左文字兄弟を見習え。主も文句も言わず食されているぞ。」

と諭す。

「一体、誰のせいで……っーか……何であるじさんの恥ずかしい話なんて暴露したんだ?あるじさんのこと大好きなのに。」

と尋ねた後に浦島が切り干し大根を頬ばった。
すると長谷部は少し詰まりながら

「いや……最近、主は本丸の皆と良く打ち解けようと話されているだろ?」

と長谷部が言うのを浦島が頷く。

「あ、最近、よく部屋から出てくるもんね。いいことだよね。皆、あるじさんと仲良くしたがってたし、あるじさん可愛いし。俺、あるじさんのこと好き。」

と笑う浦島に長谷部は

「そう……良いことなんだ。良いことだと俺も思っていたし、今も思ってる。ただ……な。」

と言った切り、長谷部は黙ってしまった。

(生まれた時から、ずっと見守って来たのは俺だ。俺が1番……主のことを知っているんだ。主だって頼りにしてくれている……そんなの分かりきってることなのに……。)

ただ……それでも、浦島のように躊躇いなく名前のことを好きだという者や、本丸の他の刀剣男士と仲良く一緒にいる場面を見ると、ホッとすると同時に胸の奥底がジリッとざわつくのだった。親鳥を追う雛鳥のようにいつも自分の後を追って来た愛し子−それが彼女だった。

そんな彼女を取られそうで、酒が入っていたのもあり、三日月に勧められるままに、ついつい彼女の昔話をしてしまったのだが……それが牽制なのか、嫉妬なのか……はたまた子離れが出来てないだけなのか……。

(取られるなど……そもそも主は物ではない。俺が主のものであっても……主は違う。)

と自分の思考にズキリと傷つきながら長谷部は、こんな感情とてもではないが誰にも言えないと思った。

「結局……今回の件って1番悪いのは三日月さん?」


と浦島が呟くの聞いて、長谷部は心の中で答えた。

(きっと、1番悪いのは俺だ。主のことになると……欲深くて……罪深くて……)



―欲深くて罪深くて一番悪い私



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