※注意※

・お手数をおかけして大変申し訳ないのですが、今作をお読みになる前に、第5回「Hero」の“あなたのためならば夜をも喰らう所存だ”を読まれることをオススメします。(読むのがメンドイと思われた方は“夢主は浅井氏の同盟国の姫で、一時期浅井領にいたため高虎とは幼馴染以上、恋人未満。”とだけ頭の隅に置いて頂ければ読まなくても無問題です。)
・無双の知識は勉強中かつアニメと動画サイトのゲーム実況のみ。
・キャラ崩壊あり。
・話はやや史実ベースで進行しつつも、話の都合により改変・捏造あり。
・話の都合上の理由で捏造設定&オリキャラが乱舞。
・「高虎の手ぬぐいはお市様があげた設定以外認めん!」という方はブラウザバックお願いします。
・安定の駄文・駄作クオリティ。
・流血&R−15表現あり。
・バファリンの半分は優しさで出来ている。夢あるあるの話の9割は捏造で出来ている。
以上を読んでもバッチコイの猛者の方&例え読後が不快に感じても手ぬぐいをなびかせながら「馬鹿野郎!この駄作製造マシンがっ!」と吐き捨てるだけで済ませられる方のみお進みください。








―嘘も言えない ほんとうも言えぬ おまえが好きとしか言えぬ(都々逸)



天正元(1573)年、夏―。

元亀元(1570)年、織田信長が浅井長政と交わした「越前朝倉氏への不戦の誓い」を破り、越前領の朝倉氏に侵攻したことに端を発した、織田・徳川連合軍と浅井・朝倉連合軍による姉川の戦いから3年の月日が経とうとしていた。それだけの時間を費やしながらも戦況は一進一退を繰り返し未だに決着の様子は見えそうにないと今年の始め―年始の挨拶に浅井氏の使者から告げられたきり情報が途絶えた事に浅井氏の同盟国である苗字氏の壱の姫−名前は、真昼の暑さが漸く冷めた夜半にひとり、古い物見台から皓々と冴える望月を眺め物思いにふけていた。

最初はこの戦いに浅井氏側として参戦していた名前の国だが、2年前より領主である彼女の父が重い病に伏せた上に嫡男である彼女の弟はまだ幼く国政を担える力量ではないため領主代行を誰に任せるかが争点になり、国内は彼女の父である領主と彼女の父の弟である叔父の2派が対立し国内は分断状態にあった。
そのため政情が不安定になったことを理由に2年ほど前から、彼女の国はこの戦から手を引いていたのだ。

彼女の国は、東は今川・北条、西は織田・畠山の強国に挟まれており、国内が分断の危機にある今、いつ強国に攻め入られてもおかしくない状態であり、それも彼女を悩ませる大きな原因でもあった。
その懸念は叔父たちも同じようで、最近は叔父の嫡男であり彼女の年上の従兄・景清と彼女を縁組させることで、この分断劇に幕を引こうとしているようだが、当然ながらそれは父も父の側に着いた重臣たちも承服しかねるものであり、両者ともに外面は分断の危機などないように装いつつも静かな膠着状態を続けていた。

その他にも彼女の心を悩ませることがあった。
自分の心境とは正反対に夜空に皓々と冴える望月を見上げ彼女は

「高虎……。」

浅井領に預けられた時に知り合った彼女の幼馴染であり想い人の名を呟いた。
高虎―藤堂与右衛門高虎は浅井領の武士ではあるが、武士としては最下層の土豪の出であり、強国とは言えないが1国の姫である彼女との身分は天と地ほどの開きがあった。

それでも彼女は機知と豪胆さと優しさを併せ持つ高虎に心を惹かれずにはいられず、また高虎も同じ気持ちであったのか必ず国主となり彼女を迎えに行くと告げ……彼女はその日まで誰に嫁がずに待つと、ふたりは彼女が浅井領を去る朝に誓いあったのだった。

戦況が激しくなればなるほどに、高虎からの知らせの手紙も少なくなったが、それでも彼女を励ますように安心させるかのように年に数度ではあったが必ずそれは彼女の元に届いた。

しかし、その手紙も今年に入ってからは届いてはいない。
浅井と織田の戦況は分かっても、浅井の足軽にしか過ぎない高虎の動向までは分からず、高虎からの手紙のみが、彼の生存を知る術であり唯一の彼との絆でもあった。
今は何処でどうしているのか、戦場で武功を上げるために無茶はしていないだろうか……と次々に浮かんでは消える悩みに答える者がある訳もなく、知らせがないことが彼女を深く暗い不安の穴に落とし込んでいた。

「誰だ。」

と急に視界が遮られ、後ろから従兄の苗字左馬之助景清の声がした。
両目に当てられた彼の手を払いのけた彼女は後ろを振り向き

「突然なにをなさるのですか?それに……こんな夜中に……。」

と彼女が抗議するのにも構わずに景清は

「おや……冷たいな。姫の所に忍んで行こうかと思っていたら、もう使われていない物見台から人影が見えてね。誰かと思って来てみれば……愛しい愛しい我が妹背の君(いもせのきみ……妻、恋人の古語。)だったというわけですよ。」

と彼女の髪を1房掬い、その髪に自分の唇を落そうとするが、寸でのところで彼女が身をひるがえしたため、それは叶わなかった。

「私は貴方の妻になった覚えはありません!従兄とはいえ貴方は分家の嫡男……父の臣下にしかすぎません。立場を弁えなさい!」

と彼の横を通り過ぎ下に降りようとするが、それを阻むように景清は壁に手をつき彼女のゆくてを阻んだ。

「悪い話ではないと思うけどな……。俺は君の事は嫌いじゃないよ。それに君と俺が婚礼を挙げれば一応……国は見せかけではなく纏まる。次代が君の弟でないと嫌だというのなら俺は中継ぎの当主でかまわないよ。」

と景清が笑う。それを訝し気に見つめた名前は

「それでは……貴方に何の得もないではありませんか。叔父上は私と貴方の子を嫡流に……領主にしたがっているのですよ?それが叶わないのなら……私と貴方が婚姻を結ぶ意味は……何がおかしいのですか?」

「いや……心配してくれているんだな……と思って。親父殿の思惑なんて俺にはどうでもいいよ。この国も……この家も別に欲しい訳じゃないよ。あ、まぁ……くれるんなら貰うけどね。俺はただ君が欲しいだけだ……君が手に入れば俺はそれでいい。」

と言う景清に彼女は

「益々理解出来ません。」

とだけ返す。

「……君は自分が周りの男たちにどう思われているか理解すべきだと思うよ。君は美しい……今は蕾でも……必ず大輪の花になる。君を前にして欲しいと思わない男はいないよ。」

と、景清が再び彼女の髪に触れようとした時、不意に階下が騒がしくなり彼女は景清を振り切り階段を下りた。

階段を降りると、夜中であるにもかかわらず侍女や家臣たちが廊下を行きかっていた。
その中に見知った乳母であり自分の侍女でもある政岡の顔をみとめた名前は政岡にこの騒ぎの仔細を尋ねた。彼女の姿を見た政岡は眉を顰めながら

「姫様……このような夜更けに、おひとりで……「月を眺めていたのです。それよりも夜中にこの様な騒ぎ……どうしたというのですか?」

と、名前は政岡の言葉を遮り彼女に再び尋ねた。

「仔細は分かりませぬが……どうやら門前に浅井の殿の御家中の者が参ったようでございます。」

とだけ政岡が告げるのを聞くと、彼女は大門に向かい走り始めた。
後ろから政岡の止める声が聞こえたが、その声は名前の耳には届いていても歩みを止める事までは出来なかった。
彼女の胸には、ただひとり高虎のことしかなく……息を弾ませながら大門へと向かい走った。

大門では、夜にもかかわらず突然の同盟国の若武者の到来に大わらわになっており、無数の篝火と人だかりが入り乱れ騒然とした様相を呈していた。

「おい!おい!聞こえるか!」

「息はあるが……気失っとる……。」

「……とりあえず……お館さまに……あ、姫様……。」

と、大門前で気を失うように倒れていた若武者を囲むようにしていた苗字家中の兵士たちは、突如現れた自分たちの主君である姫君の登場に慌てて平伏する。
名前は、平伏した兵士たちの間を縫うようにして、騒ぐ胸を押さえながら倒れている若武者の方に近づいた。1歩1歩、歩みを進めるごとに心臓が荒く騒がしくなり、呼吸をするのも苦しくなる。もし高虎なら……高虎でなくても浅井の兵士なら戦の状況は分かる筈……もしかすると高虎のことも……と思いながら、胸元をギュッと握りしめながら若武者の姿を見ようと、一瞬目を閉じた後に彼女は若武者の顔を見た。

「……っ!」

「姫様!姫様!裸足で!」

とようやく追いついた政岡の声も周りの目も彼女には見えず、聞こえてはいなかった。
そこにいたのは、彼女が数年ぶりに見る懐かしい幼馴染……愛しい男である藤堂与右衛門高虎だったからだ。

(やっと……やっと……やっと会えた。)

じわりと熱いものが目に込み上げ彼女の視界が歪み高虎の姿を掻き消そうとしたため、彼女は慌てて両手で自分の目を拭った。
やっと会えたのだ、どれだけ会いたかったか……声を聞きたかったかと彼女が高虎に近づこうとするが、目の前に政岡が立ちはだかり彼女と高虎の間を阻んだ。

「なりません!同盟国の武者であろうと下賤の者……これ以上は近づいてはなりません。」

「政岡!彼の者は浅井領にいた折に世話になった者……私の幼馴染です!それを下賤の者などと……。」

「これ……そこなる兵。この若者を早く奥へ運び、早急にお館様へ仔細を知らせるように。この若者の処遇はお館様の裁断通りにするように。」

と名前の声を無視するように政岡は平伏した兵に指示をする。
兵は短くハッとだけ答えると奥に消え、複数の兵が高虎の体を抱え奥へと運ぼうとする。
その光景に彼女は高虎の元へ行こうとするが再び政岡にゆくてを阻まれてしまった。
せめて手荒な扱いだけはしないようにと声をかけようとするが

「下々の者と直接口を聞いてはなりません!貴女は苗字家の姫!そのことゆめゆめ……お忘れなきよう。」

それに対し言い返そうとするが、彼女は握った拳を力なく下ろした。
この時代、一定の身分にある者と下々の者が直接口を聞くことは無礼とされており、身分の高い者の傍近くに仕える者に言伝を頼み、その者を介して会話することが殆どであった。
うっかり口を聞こうものなら、その場で切り捨てられても文句は言えないという……身分制度の崩壊と形骸化してきた戦国時代においても、その厳粛さは健在であった。

「分かりました……政岡の言う通りですね。父上の裁量がいかなものであろうと……それまでは丁重に高……いえ、あの若武者を扱うように伝えて下さい。高……あの者に世話になりましたから。」

と高虎が運ばれていく先を眺めながら彼女は目を細めた。
手を伸ばせば、走って行けば……手を握れる距離にいるのに……。
浅井と苗字……今までは純粋に距離がふたりの間に立ちはだかる大きなものだと思っていたが……それは違った。

浅井の足軽と苗字の姫……生まれながら与えられた立場が、距離という障害がなくなった今―ふたりを阻む大きなものであることに改めて気付かされたのだった。

一陣の風が舞い彼女の長い黒髪を乱した。
けれどもと彼女は思った。
上下がいつ入れ替わるかもしれない戦国乱世において、身分など有形無実のものだ。
生きていさえすれば……生きていさえすれば、きっと。
きっと……。

(だから……高虎……どうか生きて……生きるのです。)

======

あの夜から早くも数日が経とうとしていた。
浅井領から敗走してきた高虎によってもたらされた報―同盟国の越前朝倉氏を織田軍により攻め滅ぼされた浅井長政は孤立無援状態となり、その機に乗じて織田に総攻撃をかけられた長政は自分の居城である小谷城にて自害、名実ともに近江浅井氏が滅亡した事は苗字家中を震撼させた。

浅井と織田の争いに初期にしか参加していなかったとはいえ、苗字国は浅井の同盟国である。全国統一を目論む織田のこと、これを好機とばかりにいつ此方にも攻め入ってくるかもしれない恐怖から国内は徹底抗戦か同盟の道を取るか2分状態にあった。

一方、その報をもたらした途端に意識を失った高虎はそのまま目覚める様子もなく、苗字領主の邸内の奥座敷に寝かせられ丁重に看病されていた。

「皆のもの……持ちましたか?せいので上げますよ……せいの!」

と侍女数名の力を借りながら高虎の体を起こし、身を清め軟膏を塗り、新しく包帯を巻くのは名前であった。この国の姫である彼女が、同盟国の兵とはいえ足軽でしかない高虎の世話をすることはあり得ないことではあったが、彼が目が覚めるまでと目覚めても自分が世話をしたことは口外しない近づいたり話もしないと約束をし、最後まで渋る政岡を説得し渋々許して貰えたため、この場にいることが出来たのだ。

身の丈6尺強(180p強)はある高虎の体は大きく、体のいたる所には先の戦で出来た傷と、古傷がくまなく刻まれており彼が激しい戦場を駆け巡った事を物語っていた。
14歳で元服を迎えて以来、戦に続く戦のせいか既に手の指の先が欠けている箇所もあり、彼の体を拭いながら彼女は背筋が寒くなる思いだった。
記憶の中の高虎の指も腕もまだ傷はなく、綺麗に揃っていた。
手紙には

“心配するな。俺は大丈夫だ”

“雪が降って来た。そっちはどうだ?温かくして風邪等ひかぬにように……。”

“今日、長政様に感状を頂いた……功がまた1つ……これでまたお前に近づいた”

と彼女を労わる内容ばかりで、戦の凄惨さや過酷さなど知らせてこないせいもあり、ここまで過酷なものであるとは思わなかったのだった。
自分のせいで大事な人が、こんな姿になっているなんて想像も出来なかった自分が恥ずかしかった。おそらく彼は“気にするな”と言うだけだろうが、ただ待つことしか出来ない自分が情けなかった。高虎が傷付いた分だけ自分も同じ痛みを傷を味わいたかった。どんな醜い傷でもそれが彼と同じものなら共有したかった。
そんな事を言えば、眠っているこの男は“馬鹿野郎!女が体に傷なんか付けるんじゃねえ!”と言うに決まっているだろうが……。

(だから……せめて、同じ痛みを傷を受けられないのなら……精一杯看病をしたい。)

高虎が眠っている時だけしか出来なくても、傍にいられなくても……それでも、彼の傍にいたい。

「それでは……姫様そろそろ。」

と自分と年のそう離れていない侍女の八重が、高虎の包帯と寝衣を交換したと同時に声をかけてきた。少しの間、高虎の指を握りしめていた名前は名残惜しそうにしながら指を布団の中に戻し立ち上がった。

高虎の傷は日に日に良くはなっているが目は覚めそうになかった。
早く目覚めては欲しいが、目が覚めればこの時間も終わりを告げてしまう。閉められる障子の隙間から見える高虎の顔を眺め彼女は目を伏せた。

(幼い頃は……あんなに自由に話せたのに……。)

見えない身分の壁がふたりを遮るように、障子が閉められた。


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「あの若者はまだ目が覚めぬか……。」

行灯の薄明りのもと、政岡が自室で八重からの報告を受けていた。
八重は昼間にあった出来事と高虎の容態をつぶさに政岡に報告した。それを聞いた政岡は口元に手を当て考え込んだ。

苗字家代々の方針で、名前は幼い頃に同盟国の浅井領へと預けられ養育されていた。その時は跡目争いが国内で勃発したため避難の意味合いもあり通常より長く預けられることになったのだが、その間に奥座敷で眠っている若者と親しくなり、しかもただならぬ関係にある事は、あの夜……あの若者……藤堂与右衛門高虎が浅井滅亡の報を知らせに来た時の名前の様子から見れば明らかだった。

(おそらく……あのふたりは……。)

と政岡は行灯の頼りない灯りを眺めた。
名前も年頃になり、いつ縁談が縁組があってもおかしくない年になった。
しかし、彼女は国内の政情不安定を理由に縁談を断り続けている。
政岡の一族は名前の父である領主派であるため、早く名前には領主派の地位を確固たるものにするためにも有利となる縁談を受けて欲しい気持ちが強かった。
それだけではなく政岡は、帰国して間もなく母と死に別れた憐れな姫を誰より誰よりも愛しく思っていた。

嫁ぎ先でも苦労せぬように、愛されるように政岡は己の持てる限りの教養と大名家の正室となる心構えを名前に惜しみなく、時には周りが眉を顰めるほど熱心に教え込んできた。その甲斐があり彼女はここ数年で目に見えて姿だけでなく、心映えに振る舞いも冴え苗字家の姫の名に恥じぬ素晴らしい女人として成長しているのだ。
おこがましいことを承知で言えば、政岡にとって名前は己の最高傑作といっても過言ではない存在だった。

そんな大事な姫を……領主の座を狙う、領主の弟の嫡男・景清にも、あの浅井の足軽にも渡したくなどなかった。渡す気にもなれなかった。
そんなつまらない男どもに彼女を渡すために自分の心血を注いで彼女は名前を養育してきたわけでも、領主たちから預かっているわけではないのだ。

政岡は八重を近くまで呼び寄せると、彼女に小声で耳打ちし下がらせると

「姫様はこの政岡が……何を犠牲にしてもお守り申し上げます。必ず……必ず……。」

何処から入ったのか、行灯の頼りない灯りに誘われた小さな羽虫が近づきすぎたためにジジッとその身を焦がし燃え落ちた。

========

「……っ……。」

意識が浮上するのを感じ高虎は数日ぶりに現世に舞い戻った。
辺りは薄暗く、ようやく闇に目が馴れてくると見知らぬ天井が彼の視界に広がった。

(ここは……何処だ?)

と高虎は今自分の置かれた状況を理解しようとするが、数日間にわたり伏せていたせいか頭がボンヤリしていた。起き上がろうにも体が上手く言うことを聞かず、節々が痛み中々起き上がれずいた。

(……俺は何で此処に……ああ……小谷が落ちたんだったな……。)

とボンヤリした頭で、織田信長に攻められ小谷城が落城したこと、主君の浅井長政が城内で自刃し、長政の正室であるお市の方と2人の間に生まれた3姉妹が市の実家である織田方に戻されたこと、そのことを浅井の同盟国に知らせるために敵の追撃を潜り抜けて苗字領内に辿りついたことを思い出した。

(情けねえ……報告と同時に気を失ったか……。)

と高虎は痛む体に耐えながら体を起こした。体を見れば清潔な白い単衣に着替えさせられれており、その下には包帯で覆われた自分の体があった。
苗字領内に辿りつくまで追撃を避けながら飲まず食わず休まずだったのだから無理もない話であった。
この暗さから判断するに今は夜半らしいが意識を取り戻したのなら、その事を知らせ礼を言わねばと重い体を引きずり入口の障子へと歩みより、障子に手をかけそれを開いた。

「……っ。」

「……お前……。」

障子を開けた先に、庭先の月明かりに照らし出された名前の姿があった。
お互い驚きのあまり声が出なかったが、高虎の姿をみとめた彼女は大きな瞳に涙を浮かべ

「良かった……もし目が覚めなかったらどうしょうかと……本当に……よか……。」

と言葉は嗚咽にかき消されてしまうが、高虎には彼女の気持ちが痛いほどに伝わり、彼女の肩に手をかけようとした時だった。

「姫様!此処で何を……。」

声の主を見れば、自分達と同じ年頃の若い侍女が自分達を見ていた。その声に涙を拭いながら名前は侍女に向き直ると

「八重……高……いえ浅井の使者の方のお目が覚めたようです。急ぎ薬師を……政岡にも伝えて下さい……私は部屋に戻ります。」

と、彼女は一瞬だけ高虎の手を握りしめると八重にそう告げ袿を翻した。
それに八重は低頭し、彼女が去るのを見計らい高虎に部屋へ戻るように促した。

不意に周りが急に暗くなり、部屋に入る前に振り向いた高虎の目には、先程まで皓々と照らされていた月が雲に隠された様子が映し出されていた。

(……めぐり逢ひて……見しやそれともわかぬ間に……雲隠れにし夜半の月かな……か。)

指先に残った彼女の温もりをこれ以上、逃がさないように高虎は己の拳を握りしめた。



目覚めてからの高虎の回復力は目を見張るものがあり、彼は数日後には自分で床から出て身の回りの世話位は自分で出来るようになっていた。

「やはりお若いと違いますね。」

と、目覚めた日から自分の世話係になってくれた苗字氏の侍女の八重は、庭先で剣術の稽古に勤しむ高虎に声をかけた。
稽古といっても、片手で木刀を振るうくらいのものだったが、それでも満身創痍で数日間眠り続けていた状態を考えれば十分であった。
高虎は八重に気づき稽古の手を止めると、濡れ縁に近づき腰かけた。
汗だくの上半身を見て八重は高虎の体を拭こうとするが、高虎は八重の手から濡れ手ぬぐいを奪うと

「自分で出来る。」

と体を拭き始めた。八重はそれを気にする様子もなく

「昼餉をお持ちしました。」

と、高虎を部屋へと促し持ってきた土鍋を開けると木製の御椀に中身をよそった。
土鍋の中は季節の野草と米を煮込んだお粥で、高虎は八重からそれを受け取ると熱を冷ましながら口に運んだ。
目覚めた日から名前の姿が見えないことが気にはかかっていたが、いくら幼馴染とはいえ彼女は苗字氏の姫、自分は……同盟国の……いや帰る国すら失ったただの流浪人……小さな小さな村の土豪の次男坊にしか過ぎない。会えたところで……

(言葉を交わすことも……出来ないか……。)

と、高虎は、あの夜に彼女に握りしめられた指の温もりを思い出していた。
それだけ彼女と自分の距離は遠いということなのだと思いなおし粥をかきこむ。

「……?」

粥をひとくち噛むごとに高虎は懐かしい気持ちになった。
この粥の味を高虎は知っていたからだ。
箸を置くと高虎は

「アンタか料理人は……近江の出身か?」

と高虎は八重に尋ねるが、彼女は不思議そうに彼を見ると

「いえ……生まれも育ちも此処ですが……。」

とだけ話した。高虎はその言葉に

「そうか……。」

とだけ呟き、再び箸を持ち粥を口に運んだ。
その口元には微かに笑みが浮かんでいたが、それに気づいたものはいなかった。


======

「そう……全部食べたのね。」

と八重からの報告に名前はホッと胸を撫で下ろした。
高虎が目覚めてから、政岡との約束どおり高虎には会えなくなったが、それならばと彼女は高虎の身に着ける寝衣を縫い、食事にも気を配るなどしながら彼を気遣っていた。

薬師に高虎の容態を尋ねながら、体調にあったもので自分の作れそうなものなら手ずから作った。今日も政岡に眉を顰められながらも、少しでも高虎の慰めになればと思い、むかし彼の家で食べた粥を、彼の母親に習ったことを思い出しながら作ったのだ。

(藤堂村に咲いていた野草がここにもあって良かった。)

と明日も同じものを作ろうと思い余分に取ってきた野草を活けた花器にソッと触れた。
話す事も姿を見ることも叶わなかったが、それでもこうやって高虎に関われることが嬉しかった。

「八重……これからも色々と教えて下さいね。」

と彼女はニッコリ笑うと八重を見た。八重はその言葉に平伏し名前の部屋から下がる。障子を閉めたあと八重は少し溜息を零した。
政岡から高虎を誘惑し姫から遠ざけるように言われてはいるのだが、高虎の警戒心が強いせいもあり中々上手く彼との関係を築けずにいたのだ。

(主君失った足軽なんて……手玉に取ってもね……政岡様も何を心配されているのやら……。)

と八重は頬に手を当てながら、さてどうしたものかと再び溜息をついたのだった。

(あ、包帯と薬湯の時間……。)

と八重が高虎の部屋へ向かおうとすると、背後から手が伸び空き部屋に連れ込まれた。
八重は自分の口に当てられた手を取り、後ろを振り向くと

「……わ、若……様。」

と驚きの声と同時にしまったと自分の口に手を当てる。
それに対し景清は気にしないとばかりに笑みを浮かべ彼女の耳打ちした。

「政岡に無茶なことを言われてるみたいだな……助けてあげようか?そのために……。」

と続いた言葉に八重は景清を見返したが景清は

「君の弟……そろそろ元服らしいね……いいよ、俺が取り立ててあげよう。だからね。」

と誘惑するかのように八重に囁いた。


=======

高虎は自室から月を眺めていた。
今日の昼に出された粥は、彼の生家で良く母が作ってくれたものだった。
それは藤堂村に伝わる郷土料理であり、そう特別な料理ではなかったが高虎の好物でもあった。それを知った名前がまだ浅井領内にいた頃、粥にいれる野草を一緒に摘み、高虎の母の横で熱心に手伝いながら作り方を覚えていたことを思い出したのだ。

八重の口ぶりから察すれば、粥をつくったのは名前なのだろう。

(腕をあげたな……。)

先日、目覚めた時に見た彼女の姿こそは別れた時とは違い、子供から少女へと変化しており、振る舞いも1国の姫に相応しいものだったが、その姫が野に出て野草を摘み、御厨に立ち粥を作っている姿を想像すると何も変わっていないのだなと高虎の唇に自然と笑みがこぼれた。それだけで、たとえ会えなくても自然と力が湧いてくるような気がした。

(いじけていても仕方ない……命あっての物種だ。俺は必ずのし上がる。そのためには……。)

と口元に手を当て彼は考えた。
このまま傷が癒えたあとは、彼女はおそらく自分の国へ仕官するように勧めるだろうが、それでは彼女とは一緒になることは叶わないだろう。

(それに……あの乳母の政岡……何か感づいてやがるな。)

政岡の命で自分の世話係になった八重とかいう若い侍女のことを高虎は思い出していた。八重は確かに若く美しいが、彼に対して好意のかけらもない筈であるのに、やたらと馴れ馴れしい態度を取ってくるのは、政岡が裏で手を引いているからであろう。
でなければ、亡国のしかも足軽の自分に対して色目を使う利点がない。
所詮、力のない者は上の言うなりでしかないのかと高虎は苦笑いを浮かべた。

(傷は……完治とはいかないが……動けないわけじゃない。長政様への務めは果たした。)

高虎にとって、もうこの国にいる利点も理由もない。長居すればするほどに彼にとって不利になることは明白だ。明日か明後日にでも立ち去り、1日でも早く彼女を迎えられる身分になることが先決だ。それが良い……それは彼自身痛い程に分かっていた。
けれども……

会えない、言葉を交わせない彼女が此処にいるだけで、動くことをためらってしまうのだ。
もし此処を離れれば……

(今度会えるのは、いつの日だ……。)

娶ることが叶わなくても、彼女の幸せを傍で見ると言う選択もある筈だ。
けれども……

(それで、本当に満足出来るのか?)

と高虎は目を伏せ立ち上がり庭に出た。
先日まで皓々と冴えていた望月は少し欠け彼を見下ろしていた。


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その頃、名前はひとりで城内の離れの空き部屋にいた。
何故彼女がひとりで此処にいるかと言えば、夕餉の後で、八重から高虎の言伝を聞いたからだ。

『藤堂様からの御伝言で、離れの空き部屋で待っていてほしい……と』

という八重の言葉を心の中で反芻し、身に着けた高虎が好きだという青い色の袿の柄を眺めた。政岡の顔が浮かばなかったわけではないのだが、八重が協力をしてくれるという言葉に背中を押され会う決意をしたのだ。

(それに……あれから全然話をしてない……。)

と彼女は袿の裾をギュッと握りしめた。
単衣を縫ったのも粥を作ったのも、膏薬を練ったのも彼は知らないのだ。
きっと口を聞かない、顔も見せない自分のことを嫌な人間だと思っている筈だ。その振る舞いが本心でないことだけは、せめて自分の口で伝えたかったのだ。

(高虎……。)

と心の中で呟きながらギュッと胸元を握りしめた。
彼は怒っているだろうか、少しは自分と同じ気持ちでいてくれているだろうかと彼女の胸には彼を待つ間に様々に想いが去来する。

早く顔を見たいような……もう少しだけ待っていたいような……。
そんな時、ガラッと障子が開けられた

「高……。」

顔を綻ばせながら開け放たれた障子の方を見た彼女の目に映ったのは

「やあ、名前……。」

従兄の景清の姿だった。

「何故……貴方が。」

と驚愕の表情で告げる名前に景清は後ろ手に障子を閉めると無言で彼女の方へ近づいた。

「何故……か……誰かを待っていたようだね。」

と言いながら彼女の傍に座る。

「違います。少し……考え事をしたくて……。」

と景清の視線から逃れようと彼女は体を横に向けた。こうしてる間にも高虎が来るかもしれないのに……と彼女は内心焦れたが悟らせるわけにはいかず、どうすれば景清を追い払えるかと考えを巡らせた。

しかし、表には見張りに立ってくれている八重がいた筈だ。
その八重が自分に何も知らせずに、景清を止めもせずにいたということは……

(まさか……。)

と名前が景清の方を見た時、体に衝撃がはしり背中に床の感触が伝わった。

「あの浅井の若者は来ませんよ。此処に貴女を呼び出したのは俺だ。貴女が何故縁談を俺を拒み続けるのか……ようやく分かった。あの野良犬のせいだったんですね。」

と景清は彼女の体にのしかかる。

「……じゃない。」

「……?」

「彼の名前は藤堂与右衛門高虎……野良犬ではありません!彼を馬鹿にしないでください!」

名前は景清を睨み返した。景清は口の端を歪め、彼女の頬を張ると

「野良犬を野良犬と言って何が悪い……野良犬のために政略の駒になるつもりがないのなら……せめて俺の役に立ってもらう。貴女が俺の御手付きになったと知れば……あの野良犬がどんな顔をするか。」

と言い終わるが早いか、景清は彼女の口を塞ぎ帯に手をかけた。

「……!!」

「大丈夫……苦しいのも……嫌なのも一瞬だけ……終わればこれが正しかったのだと貴女も分かる筈です。大事にします……生涯変わらずに……。」

自分の下でもがく名前の様子に気にも留めず景清は彼女の着物の裾を割ろうと手を下に伸ばした。


=======

(……しかし、ひろい城だな……。)

と高虎は月を見上げた。気付けば自分の与えられた部屋から随分離れており、城の離れの方まで来ていた。いくら客人の扱いをされているとはいえ城内を理由もなく歩きまわる所を見られれば不審に思われるだろうと、来た道を戻ろうとした時だった。

八重の悲鳴が聞こえたような気がして高虎はそちらの方に走った。
声の方へ向かうと、そこには座り込んだ八重と、開け放たれた障子があった。

「おい!どうした!」

八重の方へ駆け寄り、高虎は彼女の肩を揺するが彼女は怯えたように障子の開け放たれた先を指すばかりだった。それに舌打ちをした高虎は障子の開いた部屋へ向かい足を踏み入れた。そこには、懐剣を握りしめた血まみれの名前と彼女の上に倒れている若い武者がいた。

「おい!大丈夫か!」

高虎は彼女に倒れかかっていた武者を押しのけ、彼女の肩を掴んだ。
呆然としていた彼女だったが、何度か高虎に声をかけられると正気を取り戻したのか

「私……急に景清が……高虎に呼ばれて……急に彼が……いきなり……。」

取り留めのない内容を語り始めた。現状を確認すれば高虎の名を出し彼女を呼び出した若武者……景清が彼女に襲いかかり、彼女に懐剣で反撃されたところだろう。
高虎は彼女を抱きしめると

「いいか、良く聞け。これは全部俺がやった。お前は何も知らない。お前は部屋に戻るんだ。いいな……お前は何も知らなかった。やったのは俺だ。全部忘れるんだ。」

言い終えると高虎は八重の呼び彼女を部屋へ連れかえるように指示し、この件に関して口外しないようにと告げた。

「心配するな。俺が何とかする。」

と彼女の頭を撫で、もう1度だけ抱きしめると

「お前が好きだ。必ず迎えに来る……だから待ってろ。」

彼女の耳元で囁き、八重の方へ彼女を預けた。

「……たかとら……。」

と涙ぐみながら振り返る彼女に高虎は笑みを浮かべた。彼女の姿が完全に視界から消えると、部屋の中に戻ろうとした高虎は自分の背後に立つ気配に気づき振り返ろうとしたが、後頭部に鈍い衝撃を受け意識を失った。

そこには、2人の屈強な武者に挟まれた政岡の姿があった。
政岡は中を見ると、致命傷ではなかったのか意識を取り戻した景清の動く姿をみとめた。
彼女は隣にいる武者に何事か囁き、それを聞いた武者が部屋に入った。
武者が入って間もなく、何かを斬る音とうめき声が聞こえ、そのしばらく後で景清を肩に担いだ武者が出て来た。

政岡は冷たい表情で高虎を見下ろすと

「望み通り……姫様の役に立ってもらう。」

と呟き、もう一方の武者に高虎を抱えるように告げると袿を翻した。

その夜―苗字国の城内からふたりの若者が姿を消した。
1人はこの国の領主の甥―苗字左馬之助景清。
もう1人は浅井の足軽である藤堂与右衛門高虎。
報告によれば、高虎が城内の金品を物色していたところを景清に見つかり、斬り合いになり奮戦したものの景清は惨殺され、深手を負った高虎はそのまま城外へ逃げたとのことだった。
景清の死により、景清しか嫡男も子供もいない領主の弟の派閥は衰退することになる。
また、領主の病も益々重くなり、嫡男である幼い名前の弟に成り替わり名前は領主代行として政治の中枢に関わっていくことになる。

高虎は何処に消えたのか……それを知るのは政岡のみだが、そのことを名前は知る由もなく、ただただ……彼の部屋に残された柱に刻まれた言葉を前に泣き伏すしかなかった。

―嘘も言えない 
―ほんとうも言えぬ 
―おまえが好きとしか言えぬ

「高虎……。」

すすり泣く声を、震える肩を慰める者はいなかった。



―嘘とラブソング




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