※注意※

・無双の知識は勉強中かつアニメと動画サイトのゲーム実況のみ。
・キャラ崩壊あり。
・話はやや史実ベースで進行しつつも、話の都合により改変・捏造あり。
・キャラ達の子供時代の話なので幼名で話を進めます。
・話の都合上、大谷吉継は藤堂村にいますがこれは捏造設定です。
・「高虎の手ぬぐいはお市様があげた設定以外認めん!」という方はブラウザバックお願いします。
・安定の駄文・駄作クオリティ。
・バファリンの半分は優しさで出来ている。夢あるあるの話の9割は捏造で出来ている。
以上を読んでもバッチコイの猛者の方&例え読後が不快に感じても手ぬぐいを首に巻いてなびかせながら「馬鹿野郎!この駄作製造マシンがっ!」と吐き捨てるだけで済ませられる方のみお進みください。







―ほととぎす 鳴くや五月の あやめぐさ あやめも知らぬ 戀もするかな(古今集・読み人知らず)



―弘治2(1556)年の年始、名門浅井氏が治める近江国犬上郡藤堂村(現在の滋賀県犬上郡甲良町在士)の土豪(小豪族、村主)藤堂虎高の二番目の男子として与吉と呼ばれる少年が誕生した。与吉と言われても誰のことか分からない方も多いであろう。
この時代、嫡男以外の男子は例え名門の大名家に産まれても養子に出されたり、家中にあっても兄の家臣として生涯を終える中で、この与吉は武家としては最下層の生まれながら、生涯で7度主君を変えるも、最終的に1国1城の主としてのし上がり、外様(代々仕えた家臣でない者を指す)でありながら神君・家康公の全幅の信頼を得、その異色の存在感を徳川家中に示すことになる。
彼こそは、築城の名人と謳われた伊勢津藩初代藩主・藤堂高虎―その人であり、この物語は高虎が、まだ与吉と呼ばれていた頃の物語である。


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―永禄10(1567)年、浅井領 近江国 藤堂村。

「与吉!与吉!」

と田植えを始め緑が色づく田畑の畦道を大きな声を張り上げながら、この村の村主・藤堂虎高の妻・盛が次男坊の与吉の姿を探し歩いていた。

「これは藤堂の奥方様。どうなされましたか?そんな大声をあげなさって……。」

と盛の声に気付いた村人が田圃から顔を上げて尋ねると

「与吉を見ませんでしたか?朝餉を食べた後……家を飛び出してしまって……もう今日中に田植えを終えてしまいたいのに。」

と困ったように盛は頬に手を当てた。
今年は他国と諍いもなく、戦の召集がないためか予定通りに田植えを始められたのは良いのだが、京(現在の京都府京都市)にいた筈の将軍・足利義昭が政情の不安定から浅井氏の同盟国である越前国一乗谷(現在の福井県福井市)の朝倉義景を頼り京から避難するなど、いつ何が起きるか分からないことには変わりなく、何かあれば男が駆り出さるため、人手と男手がある間に早めに田植えを済ませたいのだが、宛にしていた次男坊が朝から行方をくらませており探しまわっているというわけだ。

「二ノ若様(与吉のこと、次男坊なのでこう呼ばれる)ですか……はて……わしらはお見かけしとりませんがの。」

と村人達も顔を見合わせ首を傾げる。

「もう……本当に困った子。慶松(大谷吉継の幼名)はきちんと手伝ってくれるのに。」

と盛は溜息をつく。それに村人達は笑いながら

「何、二ノ若様は頭がええですけん。そのうち、きちん道理を弁えた行いをなさいますよ。来年は元服、大人になれば落ち着かれます。」

と言うと、盛は苦笑しながら

「そうだと良いのですが。」

と呟いた。


その頃の与吉は、藤堂村を一望できる小高い丘の上にいた。
徐々に緑に色づく田圃を眺めながら与吉は面白くなさそうに顔を歪める。
昨晩から田植えの手伝いをせよと母に言いつけられていたのだが、どんなに頑張って田植えをしたところで、こんな猫の額ほどの小さな土地……自分が成人した後に田圃1枚も分けてもらうことなど出来ないことは考えなくても与吉には分かっていた。

ただ自分より先に産まれたというだけで、自分に比べ何もかも劣る兄の物になるのだと思うと、どうにもやる気が起きずに朝餉を食べて早々に幼馴染の慶松との遊び場にしているこの丘に来たのだが、慶松は与吉の誘いを断り田植えの手伝いに行ってしまったため1人では暇も潰すことが叶わず、暇を持て余していた。

兄のお古である兵法の本はもう全て暗唱できるほど覚えてしまったし、山中の薬草も食用に出来る野草も探し尽くしてしまい、山中の獣を捕らえる罠もかけ終えてしまった。
1人で出来る暇の潰し方は全てやり尽してしまった与吉は草叢に寝そべり空を見上げた。
これで眠気がきてくれれば有難いのだが、眠気は来てくれそうになく、与吉はただただ眼前に広がる青空と白雲を眺めるしかなかった。
風に流される白雲を眺めながら与吉は、不意に白雲が羨ましくなった。
来年は慶松と共に元服(成人すること)を迎え、浅井氏の家臣として仕えることになる。憧れの主君である長政に仕えることに不満はないのだが、このまま藤堂家の次男坊として人生を終える気は与吉にはサラサラなかった。

彼は生来、体も丈夫で頭も良く行動力も並外れていた。兄より優れているというのは自惚れでもなんでもなく事実であり両親からも

『兄より前に出ないように。出来ることでも兄より少し下手にしなさい。』

と常々言われていたのだ。最初は両親の言う意味が分からず、出来ることも出来ないフリをするという馬鹿げた行為の意味が理解出来なかったのだが、浅井氏の家臣団の中でも最下層に位置する藤堂家の事情を考えれば両親の言うことも理解出来ない話ではなかった。武家としては最下層の家である金も土地も格式もない藤堂家から養子を貰ったところで、与吉がどんなに優れていようが貰った側には何の得にもならない事は明白であり、貰い手があるなら当の昔に他家に養子に出されていた筈である。

つまり与吉は藤堂家でしか、兄の世話になるしか生き延びる術はないのだ。

与吉が死ぬも生きるも兄の心次第ということだ。
折しも与吉たちの生きる時代は戦国乱世、将軍でさえ命を狙われ、家臣が主君を殺し自分がその地位に成り変わる下剋上の時代である。
嫡男だからと言っても安心など出来はしない。優れた弟というだけで敵と認識されることもあるのだ。身内……血を分けた兄弟にすら……与吉たちはそんな時代に生きていたのだ。

(俺は藤堂村しか知らぬ……長政さまにお仕えするのは嫌じゃないが……このままでは終わりたくない。あの川の向こうには何があるのか……俺の力はどこまで通用するのか試してみたい。そして……。)


空に手をかざし与吉は太陽に向かい手を伸ばした。

「天を掴んでみたい……。」

と言ったところで、不意におかしくなり吹き出してしまった。
こんな片田舎のしかも弱小の地侍の家の次男坊が天を目指すなど、大それたにも程がある。
我ながら戯言が過ぎるとひとしきり腹を抱えて笑うと与吉は空腹を覚えた。太陽の位置を見れば、とうに昼餉の時間を過ぎていた。

「……さて、罠に何かかかっていないか見てくるか。」

と立ち上がり森に向かおうとした時、あやめが咲く沼に座り込んでいる自分よりも幼い少女がいることに気が付いた。こんな小さな村であるから、村人の顔は与吉の頭の中に全て入っているが少女の顔は見覚えのない顔だった。興味を惹かれた与吉は少女に近づくと声をかけた。

「おい、お前何処の村の者だ?ここの村の者じゃないな?迷子か?親は?」

と与吉は尋ねたが少女はただ与吉を見つめるばかりで何も答えない。暫く与吉を見た後、少女はあやめを指さした。

「あれを取れということか?」

と自分の質問に答えない少女に少し苛立ちを覚えながら、与吉は少女の隣に座り込んだ。
少女は頷く。

沼はそんなに深くも広くもないが、あやめが咲いている位置までは少し足を踏み入れないと手が届きそうになかった。

「爺に見せるのじゃ。あんなキレイな花見たら爺も喜んで腰が治るのじゃ。」

と無邪気に話す少女に与吉は内心

(花を見た位で腰が治りゃあ……桜が咲けば死人が生き返るな。)

と呆れながら呟いた。あやめは与吉が取れない位置に咲いているわけではないので取ってきてやっても良かったが、少女の傍らにある笹の包みに気付いた与吉は

「取ってきてやっても良いが……。」

「本当か?」

「その笹の包は何だ?」

「握り飯だ。腹が空くと思って持ってきた。」

と言う少女に内心ほくそ笑んだ与吉は

「あやめは取ってきてやるが……握り飯と交換というのでどうだ?この世は何か欲しければ、それと同じ価値の物か銭と交換するのが決まりだ。お前……銭はないだろう?握り飯をくれれば取ってきてやる。」

と与吉が言うと、少女は

「分かった。やるから沢山取ってきてくれ。」

と笹の包みごと彼に差し出した。少女の素直な反応に面食らった与吉は

「お前な……もし俺が握り飯だけ取って逃げたらどうする気だ?」

と呆れながら告げた。最近は戦もなく収穫も安定しているとはいえ食べ物は飢える程ではなくても村人は勿論、村主の子である自分達も常に空腹と戦っている位なのだから、少女がもっと難色を示すかと思っていた与吉にとっては予想外の反応であり、少女の世間知らずすぎる行動に一抹の不安も感じたのだった。

少女を改めて良く見れば、着ている物こそ質素ではあったが、与吉が知っている少女と同い年位の村の子の誰よりも肌や髪の艶が良く、頬もふくふくとしていた。
馬鹿ではないかと思えるほどの素直な受け答えといい、人を疑うことを知らない様子といい……

(コイツ……どこぞの豪農の娘か?なら……恩でも売っとけば礼金位出そうだな。)

と与吉は立ち上がると懐から小刀を取り出し、口に咥え、草履を脱ぎ袴をたくしあげて沼に入った。ぬかるみに足を取られないように慎重に足を運ぶ。指と指の間にからむように纏わりつく泥が歩みを阻むが、狭い沼なので直ぐあやめに辿りついた。

「どれくらい取れば良いんだ?」

と口に咥えた小刀を右手に持ち変え与吉が少女に尋ねると少女は大きく手を伸ばし

「沢山!」

と大きな声で叫ぶ。それに苦笑しながら与吉はあやめが群生している中に無造作に手を入れ稲を刈る要領であやめの茎を何本か掴んで小刀を当て刈った。

「っ痛!」

刈るには刈れたが、あやめの鋭い葉が与吉の掌を傷つけた。普段、触れる機会がないため、あやめの葉は切れやすいという事を与吉は忘れていたのだ。
内心舌打ちをしながら与吉はあやめを掴んだ手を掲げて少女に見せた。

「これで良いか?」

「もっと!」

「……欲張るな。山の物は山の神の物だ。俺達は借りているに過ぎない。それに程々にしないと次からあやめが咲かなくなる。どうせ見せるなら自然に咲いているのを見せてやれ。そのほうが爺も喜ぶぞ。」

と言いながら与吉は沼から上がり、沼のまだ綺麗な水で泥のついた茎を洗うと自分の着物の袖でそれを拭い少女に渡したそうとしたが

「家、何処だ?送るついでに運んでやる。これは手が切れやすいからな。」

と告げ、あやめの束を草叢に置くと懐から竹筒の水筒を取り出し傷口を洗った。
そばで少女がじっと見ているのに気付いた与吉は

「どうした?」

と尋ねると少女は

「痛くないのか?」

と心配そうに尋ねた。与吉は少し笑いながら

「そりゃ痛いさ。でも生きてる証拠だ。痛みも血が流れるのも。悪いことばかりじゃない。」

と水筒を置き、怪我をしていない手で少女の頭を撫でた。
すると少女は懐から鮮やかな青の手ぬぐいを取り出し与吉の怪我をした方の手に巻き付けた。

「お、おい……。」

見た目からも上質な布地のそれを見て与吉は驚き声を上げた。

「我のせいで怪我をしたのじゃ。手当するのは当たり前じゃ。痛い思いをさせてすまなんだ。あやめがかように鋭い花とは知らなんだ。知っていたら取りにいかせなんだ……。」

と与吉の手をギュッと握りしめた。手ぬぐい越しに少女の熱が伝わり与吉は、恥ずかしいような、くすぐったいような落ち着かない気分になる。
それを誤魔化すように少女の手を取ると

「ほら、お前のうちは何処だ?日が暮れんうちに送ってやる。」

と告げる。少女は

「多賀じゃ。」

と笑う。多賀は藤堂村の隣に位置する土地だった。
それでも随分距離があり、こんな少女ひとりで良く来れたものだと与吉は半信半疑で少女を見た。少女は笑いながら少し先を指した。そこには木に繋がれた馬がいた。

「青海に乗って来たのじゃ。」

と青海―馬の元へ与吉を引っ張るようにして歩く。
少女を馬に乗せた後、与吉は手綱を握った。すると馬上から少女が

「お主……名は何という?」

と尋ねてきた。名乗る義理はないが意地を張るのも馬鹿馬鹿しくなった与吉は

「浅井備前守の家臣……藤堂白雲斎が子……与吉だ。まあ年が明ければ名前が変わるがな。」

「何故じゃ?」

と少女が尋ねると与吉が

「元服するからだよ。大人になると変わるんだ名前がな。」

と言う与吉に少女は

「与吉は何でもよう知っておるの!」

と無邪気に笑う。

「俺に言わせりゃ……お前が知らなすぎるんだ色々と。」

と肩を落としながら与吉が溜息をつく。少女は

「だから爺のところに預けられたのじゃ。ちゃんと民の暮らしを学んで大きくなったら立派な奥方になるようにと父様と母様に言われたのじゃ。そうじゃ与吉が師匠になってくれ。与吉は頭が良くて何でも知っておるからの!」

とポンと両手を合わせる。どこの箱入りかは知らないが此処まで無邪気であると呆れるを通りこして段々と感心してしまう心境になった与吉は

「別に教えてもいいけどな……俺、お前の名前も知らないんだぜ。いい加減、名前くらい「ダメなのじゃ!」

と初めて強い口調で少女が与吉の言葉を遮った。それに驚いた与吉は思わず少女を見返した。少女は怒ったような困った顔をしていた。

「名前は教えてはならんと言われておる。教えるのは夫となる人だけじゃと……だから、すまぬ……教えられんのじゃ。」

と俯いてしまった。少女の反応に与吉は気まずそうに後頭部を掻きながら

「……名前って呼んでいいか?流石に呼べる名前がないのは不便だしな。」

と前を向いたまま少女に告げた。少女は顔をあげニコッと笑うと

「よい、よいぞ!与吉が名前と呼ぶのを許す!与吉は頭が良いの!我は与吉が大好きじゃ!」

「分かったから、わかったから……馬上で暴れんな。落馬するぞ。」

と叫ぶ名前に与吉は苦笑いをしながら返事をした。それが、与吉と名前の出会いだった。

名前を多賀村の刀禰家に送り届けた与吉は刀禰家で歓待された。
刀禰家の翁は、かつては浅井長政の指南役を受けおった浅井家の重臣であったが、嫡男に恵まれなかったため家督を甥に譲り今は多賀村に隠居していた。

与吉の睨んだ通り、名前は家中の者に黙って出てきたようで、与吉たちが到着した時は家中が蜂の巣をつついたような状態であった。
名前の姿を見た侍女は安心のあまり泣きはじめ、与吉は何度も家中の者から礼を言われた。礼として歓待を受けた後、馬を1頭与えられた与吉は翁からの手紙を携え村に帰ったのだが、案の定、村の入り口で待ち構えていた母から頬を張られ、父からは怒号と共に投げ飛ばされるなど散々だったが、馬と手紙を見た途端に機嫌を直されたので良しとしようと思い布団の中に入った。

不意に左手に巻かれた手ぬぐいが目に入り、ソッとそれを取る。
もう傷口は渇いており、与吉は手ぬぐいを外し丁寧に畳むと枕元に置いた。


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翌日、今度は朝から待ち構えていた母に首根っこを掴まれるようにして田植えに駆り出された与吉は、隣で田植えをしている慶松に昨日の出来事を話した。

「それは……もしかしたら、長政さまの同盟相手国の姫じゃないか?」

と、慶松が与吉から全ての話を聞いた後にそう答えた。その答えに与吉は顔を顰めた。

「世間知らずだとは思うが……姫じゃないだろう?」

と否定する。だが慶松は

「俺も聞いた噂でしかないが、同盟国の内情が不安定なので一時的に浅井に預けられることになったらしい。元々その大名家は方針として子供は成人するまで家臣の家に預けられ、為政者になった時、どう国を治めれば良いか考えるために民の暮らしを体感させるらしいからな。多賀村の刀禰家ならば長政さまの指南役……それにあの家に子供はいない筈だからな。」

と慶松は与吉に告げた。

「いやいや……ないだろう。」

と首を振る。

「何か身に着けたものに家紋はなかったか?もし……丸に下り藤の家紋なら、間違いなく苗字の姫だ。」

「あいつは名前だ!苗字の姫なんてそんなわけがねえ!」

と手にしていた稲の束を投げ捨て与吉が叫んだ。
その声に驚き、周囲が与吉たちを見た。
慶松は散らばった稲を集め、肩で息をする与吉に

「まるで……姫であると困るみたいな言い方だな。夢など見るな与吉。辛い思いをするのはお前だ。」

慶松は与吉の肩に手を置き、その場を離れた。

「名前は名前だ……名前は……。」

与吉はその場に立ちつくし、自分に言い聞かせるように呟き続けた。
今朝、洗った手ぬぐいには丸に下がり藤の家紋の刺繍がされてあった。
慶松に言われなくても、与吉自身が1番良く理解していた。


それからも、与吉は名前の元へ行き時間が許す限り彼女と過ごした。
彼女は出会った頃のまま、純粋で愛らしかった。身分が違うのは与吉自身、十分自覚はしていたが、こうして顔を合わせ、言葉を交わしていると手が届いてしまうのではないかと思ってしまうのだ。それが錯覚だと分かっていても……。

その年の冬、初めて雪が近江に降り積もり、与吉は慶松と名前を誘い、村を一望出来るあの丘で真っ白に染まった藤堂村を眺めていた。与吉と慶松は年が明ければ、直ぐに元服控えており此処半年で随分と背も伸びていた。

「随分、積もったものだな……。」

と村を眺めながら慶松が白い息とともに呟いた。
与吉はそれに答えようとしたが、くしゃみをしてしまい言葉を失う。それを見て笑いながら名前は懐から少し厚手の手ぬぐいを出し与吉に屈むように促し、彼の首にそれを巻き付けた。

「寒いのに薄着をするからじゃ。」

とクスクス笑いながら彼女は与吉の赤くなった鼻の頭を指で撫でた。

「薄着の方が体が丈夫になるだろう。」

と与吉が不機嫌そうに言うの見ながら慶松は

(手ぬぐいを巻いてもらうのを見越して薄着で来たな……。)

と苦笑する。半年前、与吉に忠告はしたものの、慶松はふたりの邪魔はする気はなかった。自分の友である与吉は頭の良い男で道理も弁えている。
今は感情に負けても、いずれ分かる時がくれば感情に折り合いをつけられる……彼はそういう男だと慶松は瞳を閉じた。ふたりに少し向こう側を見てくると告げ離れる。
同盟国の苗字氏の領内は最近、安定してきたという情報が入っている。
姫も数年も経たぬうちに成人の年を迎える。
おそらく、彼女が多賀に……与吉のもとにいるのも後数年……。
距離が出来れば、時間が経てば……夢からは必ず覚める。

(ならば、それまでは……この美しい幻を傍らで見ていたい。)

と視界の端に映るふたりの姿を眺めながら慶松は再び歩き始めた。


「慶松は?」

名前はキョロキョロと辺りを見回しながら慶松の姿を探す。

「ああ、少し奥に行くと言っていた。」

と与吉が答える。それにフーンと言いながら彼女は

「淡海の湖(おうみのうみ※琵琶湖のこと)も凍っておるかの?」

と白い息を吐き出しながら与吉に問う。

「うーん……どうだろうなあ。俺も淡海の湖には行ったことがないからな……。此処がもう少し高ければ見えたかもな……見たいのか?」

「うん!嫁がれる前に母様が淡海の湖の近くに住んでおられてな……我の国は……山ばかりで母様はいつも寂しそうだった。春には桜が湖を囲んで咲いて……比叡の御山も桜色に染まって美しいそうじゃ……見てみたいの……。」

と目には映らない淡海の湖に思いを馳せながら彼女は遠い目をする。
何とか見せてやりたいが、ここまで雪が深くなると交通が断絶しており村の外に行くのも一苦労であるため不可能に近い。
年が明ければ与吉も元服し、正式に浅井の家臣として仕えることになる。
こうして、彼女と会うこともままならなくなるのだから、雪が解けても連れて行ってやれそうになかった。

少し考えた後、与吉は彼女の手を握り

「今すぐは無理だが、俺は必ず出世して城持ち大名になる。そして……日の本の何処にいても淡海の湖が見れるような高い城を建てて……お前にやる……だから、その……そのだな……それまで楽しみに待っていろ……。」

と耳まで赤くしそっぽを向きながら、彼女の手をギュッと握りしめた。彼女はその言葉を聞き、顔を輝かせて頷いた。

「分かったぞ、待っておる!」

その時、与吉はこう思っていた。
今は、家臣だったものが下位だったものが、自分の働き次第で大名になることが出来る時代だ。長政を支えながら領地を拡大し、手柄を立て続ければ……名門の大名家に生まれた彼女を娶ることも夢ではないやも知れぬと与吉は思っていた。

(俺は生まれを言い訳にはせぬ。必ず武功を上げ高見を目指し……天を掴む。)

年が明けた永禄11(1568)年―与吉と慶松は元服を迎え、与吉は藤堂与右衛門高虎、慶松は大谷紀之介吉継とそれぞれ名を改め、浅井家中でその頭角を現す事になる。

そして、元亀元(1570)年―織田信長が、浅井の同盟国である越前朝倉氏を侵攻したことで、浅井と織田の同盟が破綻し戦が勃発。
織田・徳川の連合軍と浅井・朝倉の連合軍が近江の姉川を挟んで対峙することになる。
世に言う“姉川の戦い”である。
この戦いで高虎は敵将の首級をあげ長政から感状を受け、出世への第1歩を踏み出すことになる。この時、既に国元に帰っていた名前は、日々写経をしながら高虎の無事を祈っていた。高虎の無事と手柄の件は彼からの手紙で知ることとなり、彼の無事と武功を彼女は心から喜んだ。この時の高虎の目にも、名前の目にも輝かしい未来しか映っていなかった。

「今宵は……ほととぎすの声が聞こえるな高虎。」

と酒席から少し離れた場所に立ち月を眺める高虎に吉継は声をかけた。高虎は月を眺めたまま

「ああ、今宵の月に相応しく侘びた鳴き声だ……。」

と口元を綻ばせた。

(アイツのためならば俺は……この暗闇……夜をも喰らう所存だ。アイツのためならば……。)


しかし、戦国乱世の過酷な運命は容赦なく……自分達の夢に1歩近づいたと信じる若い恋人たちに牙をむくことになる。

この戦いの3年後―天正元(1573)年、“小谷城の戦い”で浅井長政は織田信長により攻め滅ぼされ、近江浅井氏は滅亡することになる。

その事がお互いの運命を永久に分かつことになるなど、ふたりは知らないまま……違う場所から空に浮かぶ同じ月を眺めて、ただ互いのことを想っているのだった。


―ほととぎす 鳴くや五月の あやめぐさ あやめも知らぬ 戀もするかな
(ほととぎすが鳴く頃の五月のあやめぐさ……菖蒲よ物事には綾の目のように整った道理がある事も知らぬまま、そんな恋をしてしまったようだ。)




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