私はリオンの母やマリアンのように美しくはなかった。料理もできず、スカートも履かず、泥にまみれて剣を振るのが生業。そのせいか、リオンからはいつも「女らしさの欠片もない女」と呼ばれていた。でもその言葉は無神経に私を貶している文句なのではなく、天邪鬼なリオンなりの親しみと信頼の言葉であることを、私はちゃんと知っている。

リオンからの信頼に対し、私は行住坐臥、忠誠を返した。私はリオンのためなら仮令地獄の果てへでもついていくと決めていた。だからリオンがヒューゴの言いなりになった時も、一切の迷いなく彼のそばに侍り続けた。リオンがマリアンだけを見つめていて、マリアンのためだけに生きているとわかっていても。

私はリオンに何も望まない。ただ彼のために生きられればそれでいい。愛されなくても構わない。それが私の信条で、私なりの愛だった。見返りを求めぬ愛こそ至高であることを私は知っていた。だって、誰よりも厳粛に無償の愛を体現していたのが他でもないリオンだったから。

見返りは求めず、たった一人の女のために死のうとするリオン。彼ほど尊い人間を私は他に知らない。だから私の人生の規範はリオンであり、彼に倣って届かぬ愛に殉ずることが私の夢だった。換言すれば、彼のための戦死こそ私の本懐なのだ。

私はこの世に生まれ、リオンと出会えたことを腹の底から幸せに思う。ヒューゴによってもたらされた地獄の苦しみも、いつか必ず訪れる幸福な来世のための試練だと思えば微塵も辛くない。リオンのために残りの命すべてを燃やし尽くして、リオンのための灰になる。それが私の幸せだ。

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あれは、スタンたちと戦う直前のことだった。
共に道を踏み外した私へ向けて、
「こんな所までついてくるなんて……お前は本当に馬鹿だな」
とリオンが言った。その言葉は例によって額面通りの悪口ではなく、彼なりの遠まわしな感謝の詮術であった。だから私もこう返してやった。
「馬鹿なリオンを真似して、私も馬鹿になったんだよ」
するとリオンはクスリと笑った。頑是無くて物柔らかで、この世のどんなものよりも芳しい笑みだった。
故に、つい、私の口が滑った。
「そんなリオンが、私は好き」
彼の美に見惚れた私は、生まれて初めて、自分の欲望を直接口に出してリオンに伝えた。ああ、なんて馬鹿なことをしてしまったんだろう。最期まで欲を抑えることが出来れば、あんな結末にはならなかっただろうに。このたった一言の過ちのせいで、私は今まで厳しく自分を縛り付けていた信念を裏切ってしまったのだ。
「……今更言うな、馬鹿」
リオンが眉を下げて微笑し、私の頬に手を添えた。
「まぁ、言われずともわかっていたがな」
直後、私の口を塞いだ彼の唇の感触は、明確な罪の記憶として、はっきりと脳髄に刻まれた。そしてそれは今でも私の心を鞭で打ち続けている。

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数分後、私とリオンはスタンたちと戦い、負けた。
リオンと私以外の面子が脱出するためにリフトへ乗り込んでいるとき、確かに私は決意した。ここでリオンと一緒に天に昇ろう、と。
けれど、死を覚悟した矢先、つと私の視界が真っ暗になった。リオンが力一杯シャルティエの柄を振り下ろし、私の後頭部を撲ったからだ。意識を無くしでもしない限り、私が「ついて逝く」と言い張って聞かないことを、彼はよく理解していたのだった。私は眠っている間にリフトへ乗せられた。地下に残ったのは、リオンひとりだった。

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目覚めてすぐ、これは罰だとわかった。リオンに好意を告げてしまった罰。リオンの好意を受け取ってしまった罰。リオンの唇のやわさを知ってしまった罰。
今以て私の口元に、そして撲たれた後頭部に、リオンの愛が残っている。彼はどこまでも愛の権化だった。マリアンに対してだけではなく、私に対しても。だから私は、自分がリオンに生かされたという現実を嘆き、何日も何日も涙を止めることが出来なかった。リオンのいない世界など生きていたって意味が無い。でも死ぬなんて出来ない。自分の命を擲つことは、彼が残してくれた愛を裏切ることになるから。

全ての戦いが終わり、スタンたちは英雄として崇められた。けれどリオンだけは違う。何も知らない大衆はリオンを悪の化身と罵る。全ての事情を知っている人間なら、とてもじゃないがリオンを「前代未聞の裏切り者」だなんて評価することは出来ないだろうに。全く以て業腹だ。虫唾が走る。救いようがない。浮世は地獄である。

かつて、リオンに出会えたこの世界を、私は確かに愛していた。けれどもう、あの頃の純粋な愛は二度と戻らない。世界への憎悪にまみれたこんな私を、果たして来世でリオンは愛してくれるか知らん。




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