何かに狂っていなければ生きていかれないような、そんな惰弱さすら馴染んでしまえば愛おしいもので、記憶と快楽を大事にしながら、私と京介は惰性の海で今日もまた貪り合っているのだった。ギャンブルから始まり、酒に薬に女と、ろくでもないものにばかり熱狂し続けた彼が最終的に辿りついたのは、デュエルと呼ばれる遊戯性の微塵も無いカードバトルだった。不器用なのは性格だけで、小手先のことなら大半は巧いことこなす、器用貧乏の見本のような京介であるから、あっという間に強者にのぼり詰めて、この界隈では押し均す者のない程になった。天性のセンスは勿論、その悪運の強さが辛勝を勝ち取り続けてきたと言ってもいい。兎に角、勝ってさえいればよかった。私たちが生まれ育ったこの場所は掃き溜めで、富とか力とか、そういうわかりやすいものが絶大な権力を誇っていた。少し埃っぽい私たちの愛の巣も、色を揃えたペラペラのTシャツも、喉を潤すために口に含んだこの真水でさえ、京介が実力者であることによって手に入れることが出来たのだ。私は彼の恋人だけど、その恩恵を得るために、時には良妻から母親、果ては悪友まで、何役もこなす必要があった。京介は身近な人間と思想や価値観の統一が図れていないとすぐに不安になる、典型的な依存体質だった。愛玩物のように、姉妹のように、そしてある種自分自身のように私を愛そうとする京介の昏い翳りに、私は気付かない振りをした。大した器量も才覚も無い私が生きていくためには京介が必要不可欠である。私は彼に寄生していた。
「仲間が出来たんだ!」
満面の笑みを浮かべて、これでもかと目を輝かせてそんな報告をする京介に、ここは母性で以て包み込んでやるところだと悟る。よかったねって、微笑んで、その傷んだ髪を撫でてやれば、京介はその細い首を心もち持ち上げてヘラヘラと左右に揺れた。私が待つ部屋に彼が戻ってくる回数は目に見えて減っていたけれど、それを咎められることを彼が望んでいないことはわかっていたし、私のほうも独りの方が都合がいい局面があることもまた、事実だった。
「…俺たちならサテライト制覇も夢じゃねぇ」
少年のような表情で壮大な夢を語りながらも、彼の痩せた腕は私のシャツの内側にさりげなく滑り込んでいる。触れた指先の冷たさに思わず肩が跳ねた。

片翼ずつしか持たぬ、不具鳥の番いのように。二人でずっと寄り添っていられたら。他には何もいらなかったら。それは素敵なことだけれど、おそらくそんな夢物語に憧れる頃合いはとっくに過ぎ去っている。サテライトの孤児たちは大人になるのがとっても早い。だからいつまで経っても肝心のところが子供の儘なのだ。私たち。
「なんで怒らないんだよ…」
苛立ちを目一杯磨り潰したような声音で京介が唸る。私は鼻で嗤ってやった。私たちの愛の巣から出て、新しく出来た仲間たちと暮らすことにすると決めたのは京介で、その為に少ない荷物をまとめてボストンバックに詰めたのも京介だ。私は何もしていない。賛成も反対も。ただ黙って一部始終を見守っていただけだ。
「もう一緒にいたくねーってことかよ?なぁ?」
耳を疑うようなセリフが、その白い喉からぽんぽんと勢いよく吐き出される。残される私がそれを言うならわかるが、どう考えても詰られる側である京介の言い様ではない。後ろめたさが攻撃性に変わっているのだろうが、あまりにも滑稽であった。あるいは、彼は私に詰られたかったのかもしれないが。
「誰もそんなこと言ってないでしょう?」
背伸びをしながら寄り添って、背中を撫でてやれば、京介は途端に鹽らしくなった。うんうんと、素直な幼子のように私の一言一言に首肯する。
「また遊びに来てね、毎日でも来てね、寂しいからね」
口先だけで言葉を弄しながらも、そんな風には絶対にならないことを、私はよく知っていた。京介が私のことを自我のように愛するように、私もまた彼のことを自己のように取り込んでいる。

アルファベットを割り振られて地区として小分けにされたこのサテライトのどこがどこなのか、私は把握していないし、今となってはもう知る必要もないと思っている。京介は細かく頭に入れていて、どこからどこまでが自分たちの縄張りで守るべきエリアなのか、ちゃんと理解していた。別々に暮らし始めて…いや、もしかしたらもっと前から、私の知らない彼が増えていった。それは悲しいことだけど、きっととても正しいことだ。
「京介、」
「んー?」
半分近く塗りつぶされてた地図を見ていた京介が顔を上げる。彼がここに来たのは二週間ぶりだが、相変わらず埃っぽいこの部屋の些末な変化に気付いたとは思い難かった。
「もう来なくていいよ」
「は?」
「もう私と一緒にいなくていい」
私の他に京介と一緒に狂ってくれる人たちが見つかってよかった。心からそう思う。この足りない言葉で私の親心に似た愛情を京介が解せるはずも無く、予測していたことだけど、激昂しようとしたところに、とどめの一撃を叩きこむ必要があった。
「私、もうすぐ病気で死ぬから」
悲しませないように。寂しくさせないように。明るく笑って言ってやったのは、どうやら逆効果だったようだ。京介のお月様みたいな両の眼が、零れ落ちそうになっている。
「うそ、だろ…?俺をからかってんだよな…?」
残念ながら、私が冗談を言うようなタイプの人間じゃないのは京介が一番よく知っている筈だ。私のこの短い人生は、ただ彼に愛されるためだけにあったと言っても、過言じゃないのだから。

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