日本から私たちは取り残された。プリーズ ドント リーブ アス、叫んでみても、誰も立ち止まらない、誰も振り返らない。いや、私の場合は自分で立ち止まったのだが、しかし彼は違う。目標に向かって、直向きに走っていたのだ。誰にも負けないように、誰にも置いていかれないように、そして、誰にも追いつかれないように。しかしそんな彼を見向きもしない世界は無情で、結局彼は、私と同じ所に取り残された。自ら立ち止まった私と、立ち止まらざるをえなかった彼。あまりにもアンフェアだ。私たちを取り巻く煙は、タバコと不条理。まさしく、生きることに意味を見出せない。かといって死ぬほどの勇気もない、そんなグレーな位置で2人、世界を形成をしている。

昼も夜も分からない、薄暗く煙たい部屋で、彼はぽつりと言った。「俺は2回死んだ」と。1度目は野球に捨てられた時、そして2度目は自転車に捨てられた時。だから私も言ってやった。「私は産まれた時にもう死んでいた」と。彼はふうっと煙を吐く。「生きるってなんだろうね」私は煙を吐いたついでに問うと、「意味なんてねェだろ」と彼はダルそうに返す。彼の震える手はタバコの吸いすぎか、それとも別のものなのか。ぼんやりと光っているテレビの中では、政治家が起こした不正問題についてのニュースを繰り返し繰り返し報道している。「こんな腐った世の中じゃ、何が正解で何が間違いかなんて、分かんねえよナァ」テレビから溢れんばかりにたかれるフラッシュライトは、政治家の顔も彼の顔を照らし、どちらの目もどこか虚ろで、きっと2人とも虹彩がおかしくなっているんだ。そんな私もきっと、彼らと同じように虹彩が狂ってしまっているのだろう。そうやって今日も1日ぼうっと過ごしていたら、いつの間にかデジタル時計は17時を回っていて、私はバイトの準備のために今日何本目か分からないタバコの火を消した。

生きるためには金がいる。愛は金では買えないなんて言葉は綺麗事でしかない。この世のモノは全ては金で買える。私は靖友のため、そして自分のため、虚ろに検品作業を夜通しするのだ。あの時、真剣に就職活動をしておけばよかっただなんて、そんな後悔はしない。したくない。なぜなら、なんだかんだ言って、私はこの灰色の空間に社会不適合者の2人でいるのが居心地がよく、前に進めないでいるからだ。後悔なんてしたら、そんなこの状況を否定するような、2人が今生きていることを否定するような気がする。
仕事の準備ついでに、さすがに盛られすぎた灰皿をキッチンのゴミ箱に持っていく。こんもり積まれた2人分の吸殻は、私たちに与えられていた未来の数だけあるように見え、私はそれに吐き気を催し、「消えてしまえ」と吐き捨てゴミ袋に突っ込んだ。腐った日本、こんな世界、全て消えてしまって、私と靖友だけにしてください。いもしない神に祈りながら。


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