長く続いたラリーが終わると確信した時、すべてがスローモーションのように見えた。
自分たちのコートにいる人間は誰もがそのボールの軌道を目で追っているのに、まるで足に何かが絡み付いているかのようにその場から動けなかった。
瞬き一つで終わりを迎えてしまうようなほんの一瞬の静寂を、ボールが床に落ちる音で切り裂いて歓声と勝者の喜びの声がコートを包んだ。

何度も拾って何度もつないだ、そのボールが落ちたのは自分のコートだった。
敗者は自分たちだ。

試合終了の笛が鳴り、疲労の中に希望と喜びを孕む勝者と手を握ってコートを出る。
インターハイ予選の時には自分たちが勝者だったのに。しかしそのことに驕りなどひとつもなかった。ただ純粋にあの時あの瞬間、強かったのが自分たちではなく彼らだったというだけだ。

俺の3年間は今終わった。結果、全国大会に出場することは叶わずこのチームでの終わりを迎えた。
辞めたいなんて何回も思った。逃げ出したくなる時だって数え切れないくらいあった。
それでも仲間がいたから、最後までこの場所にたっていることが出来た。
きつい練習に耐えることが出来たのは、一番最後までこのコートに残って喝采を浴びるのは自分たちだと信じていたからだ。

何もかもが後悔だらけだ。今はそれでいっぱい。
次こそは、次こそは、と繰り返していた日々にもう次はない。あのメンバーで戦うことはもうないのだから。

悲しそうに笑う君が小さく小さく手を振った。
君に手を振り返すことは出来なかった。
そして、君のもとへも行けなかった。



やりきれない思いのまま夜を迎えた。
もう明日からはバレーなんてやらなくたっていいのに自然とボールを手に取る自分がいる。
ベッドに寝転んで天井に向けてボールを投げてみる。
やっていることは昨日と変わらないのに昨日と今日では意味が違う。
それに気づいて吐いた大きなため息は静寂に飲み込まれた。

そんな静まり返った部屋に突如携帯のバイブレーションの音が大きく聞こえて手に取れば君からの着信だった。

バレー漬けの青春で、大好きな君のことは少し蔑ろにしたかもしれない。
「君が好きだよ」と言ったのは俺の方なのに、幼い口約束で君を縛り付けて君のことを満足させてあげることなどできなかったように思う。
それでも君が好きで、誰かに取られたくなくて、時折嫉妬心で不安になる時でさえなんにも言わずに君は「しょうがないな」って笑って俺の腰に抱きついた。

「もしもし」
「あ、一静。わたし。」
「うん」
「あの、お疲れ様。」
「おー」

言葉数が少ない自分に呆れたのだろうか。気を悪くしたのだろうか。
居心地の悪い沈黙が流れる。
すると、電話越し聞こえてきたのは君が鼻をすする音だった。

「おい」
「ごめ…っ。泣きたいのは一静なのに。ごめん、ごめん。ごめんね…。」

"彼女なのに一静にかけてあげる言葉が見つからないんだ"


そう言って君は泣いた。
だからつられて、俺も泣いた。
自分の泣きじゃくる音しかこの部屋には響かない。だけど、たしかに君は俺と泣いてくれた。
まだ俺は泣きたかったんだ。そうか。そうなんだ。

ひとしきり泣いた後、
俺は小さく「ごめん」と言った。

泣いてごめん。困らせてごめん。
でも君のその優しさに甘えたかったんだ。
勝てなくてごめん。
気づいてたのに、手を振らなくてごめん。
最後まで君の中でかっこいい俺で居たかった。
寂しい思いばかりさせてごめん。
休日は部活ばかりでろくにデートも出来なかった。
君の見たかった映画はいつもいつの間にか終わっていたし、行きたかったと言っていたあのカフェはラーメン屋にかわっていた。
何も出来ないのに好きでいてごめん。
バレーも君も、選べなくてごめん。
そんな気持ちを全部込めてそう言った。

そしたら、君は弱々しく小さな小さな声でこう言ったんだ。

「バレー、やめないでね。」

それを聞いて、俺はまた少し泣いた。


弱々しい、小さな小さなそれ。でも確かに気持ちのこもった一言が俺の胸に波紋のように広がって全身を満たしていく。
君が昔言った「バレーをする一静が好きだよ」は裏も表も嘘も偽りもない真っ直ぐな言葉だって今ようやくわかった。


「……辞めるわけねーべ。」

電話越しの君が、静かに笑った。


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