荘かに葬られたい。そう夢見る彼女は小さく華奢で、剣なんか構えるのもやっとなほど非力だ。こんなか弱い女がなぜ乱世に生まれてしまったのか、と憐れんでやると、彼女は首を振って僕の憐憫を否定する。
「わたし、この世に生まれて来なければ貴方に会えなかった」
それから言葉にせず目で愛を語ってくるので、むず痒いような吐き気がするような、相反する心が僕自身の首を絞めるのだ。
「僕はきみに会いたくなかったな」
そう呟いても悲しむ素振りを見せない彼女が好きだ。何もかもわかってくれる彼女が好き。この信頼にいつまでも甘えていられたら良いのに。

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小次郎は可哀想な人だ。一人ぼっちで歪んでしまったいじらしい人。彼にとっての救いが死であると言うのなら私は彼に殺されても良い。だから小次郎に頼んだ。老いや戦、病で死ぬより、まだこの身が花であるうちに貴方の刃で枯らしてほしいと。それを聞いた彼は楽しげに笑っていたけれど、はいもいいえも返してはくれなかった。
一人ぼっちになる前、単なる若殿だった頃の彼なら、届かぬとこしえを目指して私と共に歩めたかもしれない。けれどそんな佐々木小次郎では嫌。普通の感性なんていらない。人はいつか死ぬものと割り切る彼だから好きだ。死に取り憑かれた彼だからこそ。
この愛を永遠にする方法を私は知っている。

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なぜこうなったかはよく覚えていない。彼女を見ると恋しくて苛苛するから、そのむかつきのせいかも知れない。ふと気付くと、僕は彼女に言われるまま腕をのばしてあの細い首を掴んでいた。
「化粧の下に葬られたその顔を見るたびこの世で一番の幸福を感じるの。ああ、夜ってなんて素敵なんだろう。月明かりのもと、本当の貴方に会える幸せ。」
首にあてた手に力を込める直前、彼女が笑顔で呟いた。この顔、この言葉。僕は一生忘れない。
彼女の前で化粧を落とすたび、過去に捨て去った僕が蘇る。そして酷く悲しい気持ちになる。彼女は存在が罪だ。彼女を見つめるだけで、消したはずの心が息を吹き返してしまうから。
弱弱しい女のくせに生意気。自身の死をもってこの僕に愛を刻み込もうだなんて気色悪い。そんな歪んだ思考を、本当に愛なんて言葉で片付けられると思っているのか?きみは僕よりいかれてるよ。
彼女を殺したら花まみれにして土に埋めよう。苦しみで顔を歪める彼女に口付けながらそう決めた。接吻の音がいやに耳に残る、森閑とした丑三つ時だった。

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彼は私を殺してはくれなかった。首元にあざとなった出来損ないの愛が残る。小次郎にもう一度試してくれとせびっても、嫌だと冷たく突き放されるだけ。
信頼を築いてしまったとき喪失は酷く恐ろしくなる。はじめから無ければよかった、なんて私もかつては思っていたよ。戦で家も村も何もかも焼けてしまったから。だから本当の小次郎と見つめ合いたいの。無常の世に多くを求めてもつらいだけ。ならばいっそ、望みなんてものは自らの手で消し去ってしまえば楽だってこと、人斬りの小次郎が一番良く知っているはずなのに。
「小次郎は優しいね」
振り向いてくれない彼の背に向けて吐き捨てる。小次郎がしばしの沈黙ののち、低く答える。
「きみは本当に悪趣味だね。そうまでして愛にこだわっても何一つ変わらないのに。この世は全て儚く、弱いんだから。たとえきみを殺したって僕は。」
彼は黙った。
貴方に永遠をあげたかった。でも、そうか、私が死んだら貴方の中で「永遠に」愛が消えてしまうのね。
私は彼の背に額をくっつけて腕をまわし、優しく抱きしめながら囁く。
「ならせめてこの身が枯れたとき埋めて頂戴。貴方の胸の一等奥底へ。」
彼の化粧の下にはありったけの情が咲き乱れている。ならばその美しい園へ死体となって沈もう。これほど荘厳な葬儀は他に無い。


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