文化祭も準備期間も、それなりに楽しくて好きだけど、今だけは嫌いだ。
オカルトの類を信じていないけどそういった催し物を嫌悪している訳でもないから、お化け屋敷をするというクラスの意向を特に反対する気もなかったし、誰かお試しで入ってみようという話になった時にその役目を請け負うことになっても問題ない。そう思った。
過去形である。何故なら、そのお試しでお化け屋敷に入る相手が爆豪君だったからだ。
「お前が一緒に入る奴か?」
「はい」
明らかにクラスの出し物なんて興味なさそうな素振りをしていた彼がこんな役目を引き受けるなんて思わなくて、思わず引き攣りそうになった表情を隠すように視線を落とす。
嫌だな、と思った。
何故なら私はおばけなんかより、目つきも態度も口も悪い目の前の爆豪勝己という男が怖いからだ。
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2クラス合同で壁をぶち抜いて作った謎の本気さが恨めしい。唯一の光源である窓には隙間なく遮光カーテンが引かれ、懐中電灯がなければ教室の中の様子は全く見えなかった。
それなのに、こちらを気遣う様子もなく、懐中電灯を手に先走っていく爆豪君を引き留めるのも怖くて、彼が歩いた方向に手探りで進んでいたら、がつん、と派手な音を立てて足が何かにぶつかる。
その音に驚いたのか、懐中電灯の明かりがこちらを向いた。突然の光に目がチカチカとして、咄嗟に手をかざす。
「……お前、もしかして怖いのか」
面倒くさいという感情の浮かんだ声だった。
あまり進みたがらない(爆豪君の近くにいて爆破されたら怖いから)私の反応から、お化け屋敷が怖いと勘違いしたらしい。咄嗟に否定しようとしたけれど、否定したらどうしてこの状況に乗り気ではないのか問われるのは必須なので、視線を落として黙っているしかない。
「ち、」
そうしていると、俯いた旋毛あたりに苛立った舌打ちが落とされた。
視界的には2人きりの静まり返った教室に彼の舌打ちがよく響く。それが私のいたたまれなさを刺激して、身を縮めるしかなかった。
こんなことなら、おばけがこわいって嘘でも吐いて断れば良かった。
今更思ってもどうしようもないことを考えていると、不意に腕が視界にあらわれる。
「え、」
突然のことに驚いていると、甘ったるいにおいが鼻先を掠めた。嗅ぎ慣れないそれが何のなのか、思考が働かない。
「懐中電灯持て」
耳のすぐ横で、爆豪君の声がした。
咄嗟に差し出された懐中電灯を掴みながら、自分が彼に肩を抱かれたのだと気付く。
彼の汗はニトロのようなものを含んでいて、そのせいで爆破が起きるらしいから、きっとさっきの甘ったるいにおいはそのにおいだろう。
「見えなきゃ怖くねえだろ」
言いながら、私の視界が爆豪君の手によって塞がれた。正直に言えばこの状況の方が怖い。
この状況で彼の機嫌を損ねたら私の肩と目はこの先の人生で使い物にならなくなるのだ。リスク高過ぎである。
ただ、この状況で駄々を捏ねるのも怖いので黙って頷いておいた。
「このまま出口まで行くからな。遅れたりすんなよ」
そうぶっきらぼうに言って私の背中を押してくる力加減は、とても優しいものだったから何だか驚いてしまって「は、ハイッ」と返事をする声が裏返る。
恥ずかしさに顔へ血がのぼった。多分、私の顔は今、真っ赤だ。
爆豪君は、お化け屋敷に怖がっている相手を進ませる為に行動を起こしただけで他意はない。分かっている。分かっているのに、怖いと思っていた相手にとても上手に押したり抱き寄せたりしながら道を誘導されて、何だか落ち着かない気持ちになってしまっている自分がいた。
おかげで、何だか足がもつれてうまく動かせない。それが爆豪君を苛立たせないかと冷や汗が出てきて、懐中電灯を掴む手が滑りそうで怖い。完全に悪循環だった。
「……オイ、マジで大丈夫かよ、お前」
そんな私の反応がさすがに心配になったのか、はたまた、倒れられでもしたら面倒だと思ったのか、顔を隠してくれた手を外しながら覗き込むように問われる。
「だ、大丈夫、です」
私はその視線から逃げるように視線を下げながら、蚊の鳴くようなか弱い声でこれ以上彼に面倒をかけないように強がりを口にするしかない。
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