I adore you.

 孤高。彼にぴったりな言葉だと最初は思ったけれど、全く見当違いだった。
 無自覚のうちに他者を惹きつけてやまない彼は、やはり無自覚で他者を思うし、一度仲間と決めた者へ仇なすものの存在を許さない。彼ほどの情熱家はなかなかいないんじゃないだろうか。
 そして私はそんな彼、ユーリ・ローウェルという男性を心から想い、心から尊敬していた。

「私はユーリのことが好き」
「おう。なんだ、いきなり改まって」

 二人で旅の備品を買い出しに街を歩いている時、私は思い切って宣言した。少し面食らったらしいユーリは瞬きしたけれど、そんなことは重々承知していると言わんばかりのクールな笑みを浮かべている。

「いやね、好きは好きなんだけど、ただ好きなんじゃなくって、あこがれるというか、ソンケーしているというか、とても複雑なの」
「オレを尊敬って、おまえ、ちょっとそれは良くねぇだろ」
「なんで?」
「わかってるだろ、オレがろくでもない奴だって」

 買ったばかりのグミをつまみ食いして、涼しい顔をして。ユーリは淡々と自身を卑下する。

「一緒に旅してきてるならなおさらだ。オレがどんだけやらかしてきたか。それも、おまえらに相談もなにもせず、勝手にな」
「それを言ったら私だって昔からロクなことしてない」

 ユーリたちと出会う前、一人旅に明け暮れていた私のしてきたことは仲間に打ち明けられたものではない。むき出しの命のやり取りをひとりでこなしていくには手段なんて選んでいられなかった。言い訳するつもりはない。唯一の生きる手段だったのだ。そうしなくては私はユーリに出会えなかっただろう。命を奪い、その命があるべきだったのかもしれない場所を奪い、私は後ろめたさや罪悪感をいつの間にか鈍らせて、ここまで来てしまった。
 かつてユーリも人の命を手にかけた。しかしそれは私と違って、大切な他の誰かを守るためだ。私はそう受け止めている。ユーリは優しい。虐げられる人たちを見捨てることができない、まっすぐな心を持っている。悪人を斬ることにすら何かを感じ、唇を噛み締めることができる。斬ることに慣れた私にはない、尊いもの。
 黙り込んだ私の思考のだいたいをユーリは察したのだろう。はあ、と溜息をついて、口を開いた。

「おまえが生きるために必要だったんだろ。仕方ねぇ。オレもそれと同じだ」
「同じじゃないでしょ。ユーリの行動はたくさんの誰かを救ってるんだから」
「救う人数が多けりゃ何しても良いわけじゃねえだろ」

 グミを差し出されて、私は無言で受け取った。二個目のグミを食べ始めるユーリが「食べねぇのか?」と聞いてくるまで私はそれを手にしたままぼーっとしていて、慌てて口に放り込んだ。ほんのり甘い果物の味。子供でも食べやすいようにと配慮された、この世界では一般的な薬のかたちだ。特に怪我もないのに甘党の彼はよくグミを食べる。必然とグミを買う機会は増える。
 しっかりグミを飲み込んでからユーリは話を続けた。

「オレがしてきたこと、おまえがしてきたこと、どっちも変わりねぇよ。オレもおまえも、そうしなきゃ生きられなかった。少なくとも、良いとか悪いとか、オレらに判断できることじゃないだろ。それしかなかったんだ。判断するのは外で見てる奴のすること」

 それしかなかった――。彼が言うのと私が言うのとではやっぱり意味合いが変わってくる。
「……ユーリって時々とても哲学的だね」ようやっとグミを食べ終える私に、「哲学? いやいや、オレにゃ縁遠い話だっての」とんでもない、と苦笑して彼は三個目のグミを頬張る。もしかしたら私に隠しているだけでどこか怪我をしているのかもしれないし、単純に美味しいからかもしれないけれど、一応薬であるグミをそんなにポイポイ放り込んで大丈夫なんだろうか。
 ……確かに私たちは、やらなきゃいけなかった。生きていくために必要だった。それでも一般的に「悪」に属する行いをしたと自覚しているからこそ、こんな会話が成立する。幸いなのは、私とユーリのそばにはその行為を知りながらも受け入れてくれる仲間がいることだ。きっと、幸せなこと……幸せなはずだ。

「ま、そう割り切ってもわだかまるときはあるから、おまえと話せると楽になるんだよな」

 先まで不確定だった幸せの実感は、ユーリの一言で確かなものへと変わる。
 どんなに不安でも、辛くても、悩んでも、傷ついても、私はこうなのだ。
 ユーリの言葉で、時にはその眼差しや表情だけで、この心の中の暗くて重たい影がなりを潜めて、浮かれてしまう。枯れ果て寂れた草花が一気に命を吹き返すかのように。頬がほんのり熱を持っていく。根暗な私でも、少しは彼の役に立っているのだ。この葛藤も無駄ではないのだ。そう思うと、とても嬉しくて。

「実際、こんな腹割って話せるのおまえだけだからな」
「そ、そんなことないんじゃない……? ほ、他にも……」
「ラピードやフレン、おっさんという選択肢も無くはないがちょっと違うんだよな」

 私の想像していた相手の名前が次々上がって、しかし却下されていく。
 目を細め物憂げな顔をして、ユーリはつぶやいた。

「やっぱ、名前だって今は思う」
「どうして?」

 当然聞き返して顔を向けた私は、ぱっちりユーリと目が合った。背の高い彼の透き通った瞳に捉えられて、いまだに慣れない私は胸の高鳴りを抑えられなかった。

「おまえがそんな無防備で寂しい顔を他の奴らに見せるのを防ぎつつ、オレはおまえと会話して気分が晴れる。一石二鳥だからだ」

 おまけに、そんなことまで言われてしまったら、ますます抑えられない。ばっと顔を逸らして、私は彼の視線から逃れるために俯いて早口で捲し立てる。

「あのね、私、ユーリが好きだって言ったよね? なのに、そういうこと言われるとさ、どうなるかわかる?」
「赤くなって照れて心臓がドキドキしてこっち見ることすらできなくなるんだろ」
「現状をそのまま語るのは意地悪だと思う、その通りだけど!」

 せっかく買ったものを落とさないように、恥ずかしさを誤魔化すように、袋を抱きしめた。「ぐっちゃぐちゃになるだろーが」「加減してるものっ」だって、尊敬している人からこんなにも愛を向けられているなんて知って、平静を保つほうが難しい。少なくとも私はそんな術を知らないし、そっけない顔で流すなんて出来ないし、嬉しいと恥ずかしいの板挟みになってしまう。
 私はユーリが好きだ。そのことは本人にも伝えているし、現在進行形で想いは膨らんでいる。けれどリアクションを貰えることが滅多にないから、ひょっとしたらこれは夢なんじゃないかと思うほど。それほど私の抱く敬愛とは、同時に、だからこそ触れてはならない神聖なものというイメージがあった。けれどユーリに神聖だよねなんて口が裂けても言えないし、そう思われることを彼は酷く嫌うから、あまりに過ぎた敬愛は彼の重荷になってしまう。この葛藤を知ってか知らずか、ユーリは気さくに私の頬をつついて微笑んだ。

「いや本当に見事に赤いな。自惚れてもいいんだろうな、これ」
「自惚れるも何も……私はユーリを尊敬しているし、異性としても個人としても大好きだってずっと言ってきてるじゃない」

 ふにふにと頬を何度もつつかれながら、私はもごもごと答える。そっとユーリの方を見てみたら、意外なものが見れた。
 ほんのり赤い頬をめいっぱいに緩めて微笑む、ユーリ。

「俺も好きだ、名前」

 世界中の幸せを集めて詰め込んでもユーリのこんな表情はきっと拝めないだろう。
 だとすれば、私も自惚れを承知で考えれば、私がこんな風にユーリに気持ちを伝えているからこそ、彼は最高の微笑を私に向けてくれたのだ。
 ――ああ、やっぱりとことん好きだなぁ。
 幼子のように無垢な微笑み。穢れを知っても決して染まることはない彼の姿。私にはない、他の誰にもない美しさが、私の心をまたも惹きつけて止まない。
 荷物を片手に抱えなおして、私はユーリを見つめた。

「ねえユーリ、手を繋いでほしいな」
「いいぜ」

 差し出した手を躊躇うことなく掴んでくれたユーリ。私の手はすっかり彼の手に包まれて、ちょっと羨ましいなあなんて思う。

「にしても名前の手はちっせえな」
「ユーリの手がおっきいんだよ」
「そっか。まあ、ちょうどいいっちゃちょうどいいけどな」

 ぎゅっと手を握れば、ぎゅっと握り返してくれる。確認なんてヤボな真似はもうきっと要らないはず。ユーリの行動は言葉より明確で、私の心を捉えて離さない。
 繋いだ場所から伝う温度がますます私の気持ちを、胸を、高鳴らせて言うのだ。
 大好き、とっても好きだよ、ユーリ。
 ずっと傍にいさせてね。愛おしいあなた。