I worship you.

『オウル』。梟を意味するその言葉は、ある構成員のあだ名だ。
梟のように夜目が利いて、暗闇の中、音もなくターゲットに近づき狩るところから呼ばれるようになった。
体格は170前後の細身。
その素顔は、だぼっとした服装と深くかぶった帽子のせいでよく知られていなかった。
「ねぇ、私を飼わない?」
そういってバーボンの前に姿を見せたのは、そのオウルだった。
珍しく、帽子のつばを後ろにしてかぶっているため、露になっている金茶の双眼が真っ直ぐ見つめてきた。
「どう?貴方の忠実な『目』になるよ?」

オウルはそういってバーボンにまとわりついてきた。「(『梟』なのに犬に見える…)それはうれしいことですが…。なぜ、僕なんです?」
ぴんと立てた耳とちぎれんばからりに振られているしっぽが見えるようだ。
バーボンが、当然の質問をすると、オウルは目を細めて満面の笑みを浮かべていった。
「幹部連中にいいように使われるのが嫌になってきたんだ。それで誰かの下につこうと思ってね。折角選ぶんならば、失敗したら即抹殺する人よりも、長く使ってくれる人がいいでしょ?バーボンなら後者だろうと思うし、探り屋の貴方なら私を上手く使ってくれそうだし」
ぺらぺらというだけいうと、ぎゅっと腕にしがみついて見上げてくる。金茶の瞳には恋情はなく、無邪気な幼子のように、ねだるようにこちらを窺っている。
「ねぇ、ダメ?」
小首を傾げ、眉尻をへにょりと下げた。
悄気たその姿はいじらしく、バーボンは無意識に焦げ茶色の頭をなでまわしていた。
それに喜んだオウルはもっとなでろとばかりに、グリグリと頭を押しつけてくる。
(か、可愛いっ!)
感極まったバーボンの体がぷるぷる震える。
任務を共にしていた仲間が、NOCとばれていなくなってしまった。物理的、精神的な支えを失ったバーボンは、本人の自覚以上に追いつめられていた。多忙を理由に、悲鳴をあげる心から目を反らし続けてきた。
自分に向けられた、何の混じりっけのない純粋な好意。それが組織の構成員からのものであっても、打算尽くしのものばかりを向けられてきたのだから、凍てつく胸がほんわりと温かくなる。
「わかりました。これから君は僕の部下です。よろしく、オウル」
バーボンがそういうと、オウルはぱっと離れ、恭しく頭を垂れた。
『yes, my lord!』


―とある高層ビルの屋上。
日はとうに落ち、空には細い月が昇っている。
落下防止のフェンスに背を預けて空を見上げる者がいた。
手にはスマートホンが握られており、それを耳に押しあてているところから、通話中だとわかる。
「――第二段階クリア(対象との接触)しましたよ。予定より随分早かったでしょ?凄くないですか?――えっ?いいじゃないですか。自分で褒めないで誰が――って、そういうところが狡いんですよ、先輩」
最後の方は照れ臭そうな声になった。了解です、と締めくくり通話を切る。ふうっと息を吐くと、視線を空から地上へと向けた。
ビルの間をぬうようにはしる幹線道路に連なる車のテールランプ。ぽつぽつと灯る窓明かり。そこにある人々の日常に思いを馳せる。
みんな、喜びを、怒りを、哀しみを、楽しみを、それぞれ胸の内に抱えて生きている。
全ての人が幸福な道を歩んでいるわけではないけれども。日のあたる場所で息づく人々が、穏やかで温かい日常をいつまでも過ごしていって欲しいと願っている。だからこそ名前は彼らが住まう国の安泰を守っていくのだ。

―たとえ、自分の身を犠牲にしてでも。

そう考えるようになったのは、今も組織に潜入している彼の影響だった。
名前が公安の潜入捜査官として訓練を受けていた時、彼の連絡員をしている先輩に話を聞いた。
公安、組織、探偵と三つの顔を使い分け、自分の『正義』を貫く。揺るぎないその信念とそれをやってのける強靭な精神力。
しっかりと地に足をつけて歩むその姿に、畏敬の念を抱いた。

―今は未熟者だから、こんな形でしかサポート出来ないけれども…

求めるその背中は、まだ遠い。だが、諦めるつもりは名前には毛頭ない。

―私の『正義』を貫くためにも追いついて肩を並べてみせる、いつか必ず。

見下ろす東都の街並みに誓いを立てた。
握りこんでいたスマートホンから着信音がした。ディスプレイに表示された文字に、表情が緩む。きゅっと一度目を閉じて開いた。金茶の瞳に無邪気な光を宿し、跳ねるような声でいった。
「はいっ、こちらオウルです。――yes, my lord!」