唾棄すべきロマンス


 小さい頃、ハイリア人の両親を見ながら、自分もいつかハイリア人の男と結ばれて平凡な王国市民の一生を送るのだろうな、と思っていた。それが一番普通のことだし、相手と一緒に老いていけるって幸せなことなんだと、両親を見て学んでいたから。
 私は今でも、そういう人生を歩みたいと思っている。そしてそんな私の気持ちを、婚約者のシドも察していると思う。
 私がちょっとでも「ハイリア人と結婚したかった」なんて愚痴れば、彼はすぐさま作り笑顔を浮かべてこう告げるだろう、「ちょうど良かった。オレも結婚相手はゾーラ族にしたいとずっと思っていたんだ」。
 でもそんなふうに彼を傷つけるのは本意ではないし、そもそもハイリア人と結婚したいという気持ちよりシドと別れたくないという気持ちの方が私の中では圧倒的に大きい。今更シド以外の人と付き合っても幸せなんて感じられないに決まってる。
 例えば、朝起きて最初に視界に映るのがシドの寝顔である、というたったそれだけのことで、私は世界中の誰よりも幸福な気分になれる。私が起きると、すぐにシドも目を覚まし、彼はまず私におはようと言ってから底抜けに優しく笑う。たぶん、私が死ぬまで、彼は毎朝同じように笑顔を向けてくれるだろう。多く見積もってもあと八十年くらい。その数字は私にとって長い一生を意味するけれど、彼にとっては半生にも満たない僅かな年月だった。
 彼に嫁ぐと決めた時から、私たちは互いに寿命についての悲観的な話をしないと約束した。けれど、口にはしないだけで、私も彼も心のどこかでは恐れているのだ。相手を置いていくこと、そして置いていかれることを………。

「こんなところにいたのか」

 考え事に耽っていた私の脳みそは、突然声をかけられた瞬間に現実世界へ引き戻された。
 びっくりして振り返る。するとそこにはびしょぬれ姿のシド。どうやら滝をのぼって来たらしい。

「ああ、シドか。びっくりさせないでよ」
「もう夜遅いのに里に帰ってこないから心配したゾ」

 そう言われて空を仰ぐと、たしかにすっかり日が暮れて夜になっていた。考え事に夢中になりすぎて時の経過に気が付かなかったが、私は何時間も同じ場所で座り続けていたようだ。

「よく私がここにいるってわかったね」
「キミは悩むといつもここに来ているからな」

 そういってシドは滝の下に輝くゾーラの里を眺めた。セラの滝からはゾーラの里がよく見える。だから私は悩んだり悲しい気分になった時、いつもこの滝に来てゾーラの里を見下ろしていた。特に夜のゾーラの里は美しい。夜光石を用いたゾーラ建築の仄白い光が里全体を包んでいて、言葉にできないほど幻想的だ。
 私はたぶん、これから一生をこの里で過ごすことになる。しかしこんなに綺麗な場所で気高い王子と共に暮らせるのだから文句なんて微塵もない。………そう、たしかに、これからの将来に関して文句は一切なかった。けれどそのかわり、悲しくて悲しくてたまらないのだ。

「何か悩み事があるのか?」

 シドが落ち着いた声で問いかけてくる。

「別に、悩みはないよ。ただなんとなくこの場所が好きだからここにいただけ」

 私はへらりと笑って答えた。顔では笑って見せたけれど、心の中では無性に泣きたい気分だった。なぜ自分はハイリア人なのか、なぜ自分はゾーラに恋してしまったのか、なぜ彼は私を愛してしまったのか、なぜ恋愛はこんなにも苦しいのか。数々の疑問が次から次へと溢れて胸が痛い。こんな想いをするくらいなら、いっそ出会わなければよかったのに。

「言いたくないなら言わなくてもいいゾ」

 シドは何もかもお見通しという顔で微笑みを浮かべながら語りかけてくる。

「オレはいつでも、そしていつまでも、キミの味方だ。それだけは忘れないでくれ」
「うん」

 本当に、つくづく誠実な男だ。彼が「いつまでも」と言ったら、それは本当に「いつまでも」という意味だ。「私が死ぬまで」ではなく、「彼が死ぬまで」。
 私が死んだら、きっとシドは毎朝私の墓に向かって話しかけてくれる。そして私だけを愛し続けてくれる。確信を持ってそう言いきれる。

「泣いているのか?」
「泣いてないよ」

 痛いくらいに優しいシドの問いかけを言下に否定しながら、私は目頭を押さえ続けた。異種間結婚が最低最悪な恋愛形式だということは言うまでもないが、私たち以上に深く愛し合った恋人がこの世のどこにもいないということもまた、言を俟たないのだ。



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