ひらり、はらり。
落ちてくる花弁。

桜の根元。
ただ座り込んで見上げてた。

懐かしくて。愛しくて。哀しくて。
何より寂しくて。

数年前まで季節問わずよく見た色。
今はもう誰も居ない。
それがただ寂しくて、ただただ哀しい。

みんなと賑やかに過ごした本丸。
畑から聞こえたサボりを咎める声。
厩で髪を食まれて嘆く声。
活き活きとした気迫の籠った声が響く道場。
大変だったけど楽しかった。
今はもう何も残って居ないけど。

何も、誰もなくなってしまった。
畑も厩も道場も、本丸すらも。
そこに居た刀剣男士もみんなみんな。

戦いは終わった。
戦う相手が居なくなった。
戦う必要がなくなった。
戦うすべはいらなくなった。
審神者も、刀剣男士もいらなくなった。
だから、誰も居ない。

私はもう審神者じゃない。
本丸はもう解体された。
みんなは刀解されて眠りに就いた。
だからとても寂しい。

寂しくて、この時期はつい桜の下でぼうっとしてしまう。
戦いが終わったのは良いこと。
だけど、みんなを喪ったのが痛い。
痛くて痛くて普段は涙もでない。

ただ、会いたかった。
笑って還ったみんなに。
つまらなくなると嘆きながら笑った彼に。
会いたくて会いたくて仕方がない。

だからこうして未練たらしく桜を見上げる。
彼ならひょっこりと薄紅の向こうから顔を出すんじゃないかって、いつまでも考えてしまう。
退屈を嫌った彼が、どうだ驚いたかい?なんて。
出てきてくれれば良いのに。

そんなことを考えていれば薄紅がぼやける。
歪む視界に俯いて膝に顔を伏せた。

白い白い彼。
瞼を下ろせば今でも鮮明に思い出せる。
初めて彼に会った日。

真っ白な衣と髪に金の瞳。
一つ瞬きをした彼に私が思ったことまで覚えてる。
あ、かみさまだ。
線の細い儚げな容姿に反して目の離せない存在感に自然とそう思ったんだ。
まあ、その後に儚いなんて印象は吹っ飛んだんだけど。

退屈を嫌った彼。
毎日毎日楽しそうに新しいことを探してた。
気に入った甘味、一番に咲いた花、面白かった本、楽しかった遊び。
毎日毎日話してくれた。
当時停滞していた戦線に私の心が死んでいかないように。
きらきらと、笑って笑って笑って。
見てる方まで楽しくて私も笑った。


「鶴丸。」


呼べば返事があるんじゃないか。
彼は退屈が嫌いだったから。


「鶴丸。」


呼べば花の影に現れるんじゃないかと思った。
眠るのが少し苦手だと言っていたから。


「鶴丸…」


泣いていれば姿を見せて声を聞かせて頭を撫でてくれたじゃない。
泣いてるよ、今。
寂しくて、哀しくて。
桜を眺める度に。
涙が出て、上を見ていられなくなって膝に額を当てて。

誰にも話せないのよ。
哀しくても、寂しくても。
守秘義務があるから。
誰にも話せない。

哀しい、哀しい、寂しい。
出てきてよ鶴丸。
ねえ、誰にもあなたたちのことを話せないの。
こうして何度も何度も桜を見て泣きながら懐かしんで。
それでも記憶が褪せてしまいそうなの。
声も姿も思い出も。
忘れたくない、忘れたくないよ。

もう何も、誰も残ってないけど、確かにみんなは居たんだよ。
夢じゃない本当にいたのに何もないの。
私の記憶にしか残ってないのに、それすら喪うなんてイヤなの。

ねえ鶴丸。
ねえ鶴丸。
忘れたくないよ。
会いたいよ。
ねえ、ねえ、ねえ。
どうしたら会えるかな。
私にはわからないの。

神様、神様、ねえ神様。
あなたにならわかるのかなあ。
鶴丸に会う方法。
白い白い私の神様に会う方法。
ねえ神様、教えてください。
もしあなたが居るのなら、どうか私をお救いください。
このままでは寂しさと哀しさで溺死してしまいそうなのです。

ねえ神様。
呼吸のしかたを教えてください。




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