「あの、俺ずっと苗字さんのことが好きでした」

人生初の告白をされて、しかもそれが女の子たちに人気のある男の子だったから、舞い上がっていたのかもしれない。飛び抜けて可愛い顔立ちをしているわけではない、頭がいいわけでもない、そんな私のどこを好きになったのかわからないが、彼は私を好きだと言った。
彼はクラスでも目立つ存在ではないが、その整った顔立ちと、穏やかな性格からどちらかというと大人しい女の子から好かれていた。私もそのときは恋愛的な意味ではなかったが、彼には好意を持っていた。とにかく誠実な人だった。


少し考えさせて、とあの場で答えて、それから私の頭の中は彼でいっぱいになった。これが好きって感情なのか、告白されて意識してしまっただけなのか、それはわからないがとにかく、彼のことを考えていた。
遅れて部活に行くと、部活の部長であり幼なじみでもある幸村精市が、じっとこっちを見てきた。遅れてきたことを責めているのかと思いきや、どうやらそんな様子ではなさそうで、不思議に思っている間に精市はふいと私から顔を背けた。
そんな精市が気にならないわけではなかったけれど、私には精市のことまで気にしている余裕はなかった。頭の中には彼のことと、それとマネージャーとしてやるべきことでいっぱいだった。だから、ちらちらとこっちを見ている精市には、まったく気がつかなかった。

「名前、水」

休憩時間になると精市はまっすぐに私の方へ歩いてきて、素っ気なくそう言った。精市のすぐ近くにいた、同じくマネージャーの1年生の女の子は、不思議そうな顔をしたあと、私を見るなりにやりと笑った。彼女は私と精市の関係を勘違いしているような気がする。直接、幸村先輩とつき合ってるんですか?なんて訊かれたことがある。もちろん答えはNOで、彼女にもそう言ったもののあれは完全に信じていない顔だった。

「はい。わざわざこっちにもらいに来なくてもよかったのに」
「あのさ、もしかしてあいつに告白されたの」

いきなり、なんの脈絡もなくそう言う精市に、私はまんまとわかりやすい反応を返してしまったのだった。精市はふーん、と大して興味もなさそうに言い、

「やっぱり。蓮二の言う通りか」

なんて呟いた。柳くんそんなことまでわかるの?と驚いたものの、精市がそのまま質問攻めを始めたから、柳くんのことを考えるひまなんてなかった。仕事に集中しようと思っていたのに、精市のおかげて脳内の大部分がまた彼に染まった。
やがて休憩時間が終わり、精市が「それじゃ」とコートに戻っていくのを、私はぽかんとしながら見つめていた。

***

少し緊張しながら、私は彼に話しかける。本を読んでいた大人しそうな女の子が私と彼を見て、切なそうに顔を歪めたのが視界に入って、ちくりと胸が痛んだ。
2人で人気のないところまで歩いて、私は彼と向き合う。色々と考えた。考えれば考えるほど、彼と一緒にいたくなった。たとえ、一時の想いだとしても、それでもいい気がした、なんてあまりに自分勝手だろうか。

「この間の、返事なんだけどね」
「うん」
「私なんかでいいなら……、よろしくお願いします」

その言葉を口にした途端なんだか恥ずかしくなって、私はそろそろと彼から目を逸らす。彼は目を細めて、嬉しいよ、と言った。いつもより小さな声なのは、彼も照れているからだろうか。

「C組の幸村と幼なじみなんだよね」

なんて甘酸っぱい告白の余韻に浸っていたら、突然その名前が出てきて、私は困惑しながらもうん、と答える。彼は精市と接点なんてなかったような気はするけど、と考えていると彼は予想もしなかったことを言い出した。

「幸村が珍しく俺に話しかけてきたから何かと思えばさ、「名前とつき合うことになったら、ちゃんと大切にしてあげてね」って言ってきたんだ。別に責める感じじゃなくて、幼なじみが心配なんだな、って思って」

嘘だあの精市が、というのが真っ先に思ったことだった。私の恋愛ごとになんて興味がないと思っていたけど、そんなことはなかったのだろうか。確かに精市は優しいところがあるけれど、過保護なところなんて見せたことがなかった。意外な精市の行動に少し感動して、大切だ、って思った。精市のことが大切で、大好きだって。それは恋愛的な意味は少しも込められてなくて、ただ家族愛のようなものだった。

「幸村に言われたからってわけじゃないけど、ちゃんと大切にするよ。ずっと苗字さんのこと好きだったんだ」

そう言われて、そういえば彼はどことなく精市に似ているところがある、と気づいた。



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