「ねぇ、」

「ん?」


本当はずっと。

ずっと前から。


「……別れよう」


こうなる事はわかってたんだ。

ただ俺がそれを受け入れたくなくてーー

受け入れようとしなかったってだけで。


「そっ…か。ハハッ。分かった」


乾いた笑いで最後に一度だけ。

彼女の頬に優しく手を滑らせたら、何故だか温かい液体がその手を濡らした。






「おーいサボーー!!」

「ん?」


呼ばれた声に顔を上げれば、昔からの親友であるエースが片手を大きく上げ、全速力で走り寄ってくるのが見えた。


「今日は一緒に帰るって約束だったろ?何で置いてくんだよ!」

「あ、悪い。でもエースがおれと帰るとなると、名前が一人になるワケだろ?だから、」

「名前にはちゃんと連絡して、今日はサボと帰るって言ってある。だからいいんだって!」


そう言ってニッと笑うエースを見て、俺はつい親友とはいえ、思わず殴ってしまいそうになる衝動をありったけの理性でもって押さえ付けた。


なぁ、エース。

アイツは人一倍優しいからそう了承してくれてるだけで、ほんとはめちゃくちゃ寂しがりなんだぞ?

好きな人とは毎日一緒に帰りたくて、少しでも長く一緒にいたがるような奴で……


「今日はどこ行く?」


なぁなぁと言って俺の袖を引き、首を傾げるエース。


…エースにあって俺にはないもの。

それはきっとこういう無邪気さなんだろうか?

お前の事一番に理解していたつもりで、本当はエースみたいに自由で、適度にほっぽってくれるような男のが良かった?


「んー、どうせならルフィのヤツも誘って、三人でゲーセン行くんでも良かったかもな!」

「ルフィは赤点で補習組だろ」


期末テストも終わり、赤点組の補習者以外は至って穏やかに過ごせる、夏休み前のほんの数日間。


それが終わって夏休みに入ったら、夏祭りに花火。

海にも行きたいねって話していた名前とのそれはもう…今年はどうしたって叶いそうになくて。


「つーかマジで暑ィ!!とりあえずコンビニでアイス買おうぜアイス!!」

「エースの奢りで?」

「うっわ!そう来んのかよ?!」


俺今月バイトの給料日まだなのに!と悲痛な声をあげながらも所持金を確認するエースを横目に、俺は何気ない動作で取り出した携帯を眺めた。


…常に俺の着信履歴の一番上を占めていたはずの名前の名前。

でも今はもう、それも名前じゃない。


「あーーーッ!!それで思い出した!
俺充電もう10%切ってんだよ。コンビニで持ち運び出来るやつ買わねェと……」

「それならおれのやつやるよ。エースとおれの携帯、同じ機種のやつだろ?」

「そうだけど…エッ?いいのか?」

「いいよ。別に今そんな使わないしさ」


寂しがり屋な名前の為に、いつだって連絡取れるようと常に持ち歩いていたポータブル充電器。

けれどそれももう、必要なくなったから。


「ありがとなサボ!!」

「いいって」


それならその充電器はエースに。

電池切れで名前のヤツを悲しませることのないよう、エースに継いで欲しかった。


「……エース」

「ん?」


嬉々として自身のスマホをそのポータブル充電器と接続するエースに向け、俺は口を開いた。


「名前の事…幸せにしてやってくれよ」


俺がそう言うとエースは暫く間キョトンとしたように俺の事を見ていたが、次の瞬間おぅ!!と笑って頷いた。


…きっと、多分。

エースと付き合ったとしても俺はずっと、名前の事が好きなままなんだろうと思った。

そう思えるほどの確信が俺の中にはあって、

そう思わせる程の魅力が名前にはあって。


「あー……
こんな事おれが言うのもどうかとは思うんだけど、さ」

「?」


先ほどの返事の時とは打って変わり、何故だか気まずそうに頭を掻き、言うのを躊躇うかのように視線をさ迷わせるエース。

俺が目で続きを話すよう促すと、ようやくといったようにエースは口を開いた。


「名前が何でおれのとこに来たのかは知らねェけど…
アイツ多分まだ、お前の事好きだぜ?」

「…は?」


突然何を言い出すのかと思えば…
とばかりに俺が眉を顰めると、エースは慌てたように顔の前で両手を振った。


「いや、お前らが別れた原因とか、理由なんてのは聞く気も、聞くつもりもねェけどさ!!でもアイツはーー」

「いいんだ。エース」


何を持ってエースがそう判断したのかは分からないが、でも今エースが言わんとしているそれは有り得ない話だ。


…だって俺はずっと名前を見ていて。

名前と付き合っている時から、あいつがエースを追っている事に気付いてた。

けれどもそれに気付かないフリをしてーー


…別れを先延ばしにしてた。

だけども最後にあいつは、俺にきちんと別れを告げたんだ。

別れを切り出した筈のあいつがなんで最後に泣いてたのかは知らないけど…

気持ちが俺に向いてない名前をこれ以上、俺の傍に置き続けるような事はしたくなくて。

名前の幸せを一番に願って、


「名前は間違いなく、お前の事が好きだよ。
だからあいつを悲しませるような事はしないよう頼む」

「…わかった」


俺はエースに名前を託したんだ。


…でも、俺はそれでもずっと。

付き合っていた頃と何ら変わらない気持ちのまま、ずっとずっとあいつを想い続けるよ。

あいつの幸せを見守り続けながら。願いながら。



ずっと愛していたかった.


(俺じゃない他の誰かのものになったとしても。
この想いだけは不滅で、生涯消える事はないから)




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