私たちの関係を言い表すのに一番近い言葉を探すとしたら、おそらく悪友だ。思い付いたら連絡を取り、運良く予定が合えば逢う。用件は仕事だったり、悪巧みだったり、色々。お互いの実力は知り尽くしていて、ヒソカの方が私より少しばかり強いけれど、死闘になれば私だってタダでは殺られないだろう。何度か闘ったこともあるけれど、すっかり私を攻略してしまったので、飽き性のヒソカは私に対してそっち方面の興味を失ったらしく、有り難いことに最近はご無沙汰だ。だからここ数年の私たちは本当にただの仲良しで、買い物をしたり映画を見たりしながら、二人で道行く他人をあらゆる観点から採点したり架空の念能力との戦い方を考えたりして、要するに時間をこれでもかと無駄遣いしてきた。私たちにとってはそれが当たり前だったから、今日も大体そんな感じだった。ヒソカ御用達の、他に客がいるのか怪しい謎のセレクトショップに手を繋いで入店し、不細工な置物を指差して「これ、君にそっくりだね」と、悪意なく(要するに心の底からそう思って)ヒソカが言うものだから、機嫌を損ねたふりをしていた私のこめかみに、彼が冗談で唇を落とした時にふと違和感を感じた。ヒソカの香水が日によって違うのも、化粧と服装が変なのもいつものこと。そうじゃなくて。そういうことじゃなくて。
「…近くない?」
右手はヒソカに繋がれている。左肩はヒソカに掴まれている。目尻の後ろにヒソカの息がかかる。恋人同士だって往来でこんなに密着することはなかなかないだろう。意識すると、なんだか恥ずかしくなった。
「今更何言ってるんだい?」
ヒソカは目を丸くしたが、私から離れてはくれなかった。

「それで、オレのところに逃げてきたの?」
イルミの顔には無表情ながら、心底迷惑と書いてあった。私は素知らぬふりで、使用人が運んできた紅茶を口に運んだ。
「うん、適当にまいてきた」
相手がヒソカとは言え、遊んでいる途中に行方をくらましたことは、常識的に考えれば申し訳なかったような気がするが、この胸のモヤモヤをどう処理したものか、わからなかったのだから無理もない。おそらくヒソカは怒ったりはせず、遊びの延長だと捉えて私を探しに来るだろう。唐突かつ手の込んだ、かくれんぼ。私たちの遊びのパターンには、そういうのもない訳じゃない。
「オレ、お前たちみたいに暇じゃないんだけど…」
巻き込まれたイルミは嫌そうだ。まぁ、この後ヒソカがここに来ることを考えたら当然か。
「大丈夫!イルミのタイムスケジュールは大体把握してるから」
主にヒソカが!とは、言わなくても伝わったらしかった。
「何それ、気持ち悪っ…」
イルミがさささっ…と引いたリアクションを見せる。開いた距離はそのままで、イルミはボソッと呟いた。
「てっきり、付き合ってるんだと思ってた」
「はい?」
「だって人目も憚らずベタベタしてたじゃないか、あの変態と」
「返す言葉も御座いません」
あの変態、という表現に内心で舌を巻く。そうだよなぁ。それが正当な評価だよなぁ。わかっている筈なのに、それを忘れてしまいがちなのは、二人でいるときのヒソカが損得勘定抜きで私に優しいからだ。
「ヒソカ、優しいじゃない?」
「え?」 
「………え!?」
私とイルミの間に微妙な空気が流れる。イルミは厳かに口を開いた。
「ヒソカは別に優しくはないよ、お前以外には」
恋に落ちる音がした、というのは大袈裟だが、第三者の口から語られると、胸に迫るものがある。
「そうなの?ヒソカってそうなの?私以外に優しくないの!?」
「うん、そうだよ」
何故か今更ドキドキしてきた私は、赤く染まった両頬に手を添えて、ヒソカのことを思い出してソワソワと身をくねらせた。ヒソカ、今頃どうしてるかな。…あ、私が街中に置いてきたんだった。
「どうしよう、私ヒソカのこと好きかもしれない…!」
私がそう宣言した瞬間、イルミが立ち上がった。何事かと息を詰める私を無視して、彼は部屋の左斜め上方に向かって声をかけた。
「言わせたよ…はい、オレの勝ち」
高い天井に頭を預けるようにして、部屋の角隅にはりついたヒソカが不敵に笑っていた。大体予想はついていたので、目を疑うようなことはなかったが、今時忍者でもそんなポージングしないだろうと、そんな場合ではないのに私は少々感心した。
「う〜ん、自覚がないみたいだったから…もうちょっと掛かるかと思ったんだけどなぁ」
身軽なヒソカは音もなく降りてきた。立ち位置は相変わらず、意味もなく腕が触れ合うくらい近い。
「なんでいるの?」
「なんでって、そりゃあ、先回りしたからだよ」
動揺する私に、ヒソカは派手なウインクを寄越す。イルミはもう知らん顔で、お茶を運んで来ようとした執事を手振りで制していた。
「君のことなら何だってお見通しさ」
ヒソカがこの科白を最後まで言い終わる前に、私は駆け出した。頭の中を整理する必要性を感じる。逃げたって無駄なことくらいわかっている。それでも物理的にヒソカと距離をとらずにはいられなかった。いずれ追いかけて来てくれることも知っている。私の方もヒソカのことならお見通しだもの。だって、ヒソカは悪友で。変態で。優しくて。…えーっと、だからもう、兎に角、私が自分の気持ちに自信が持てるようになるまで、お願いだからまだ私を探さないでいて!


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