半透明に曖昧 3



寮のベットに勢い良く背中を預ける。制服を着たまま寝ころんでは皺が出来そうだと思ったが、明日は新体力測定の日だったので、別に良いかと放置する。寝返りを打ち、視線を落とせば鞄が無造作に放り出されていた。

体を動かすたびに、布擦れの音が響く。静かな部屋にそれは嫌に響いた。そこで漸く気が付く。服部が居ない。何時もこの時間に服部が居るならテレビが付いて騒がしい筈だ。しかし、それがない。

「……畑の部屋、か?」

まさかな。

脳内で否定しておいて断言出来ないのは、何とも物悲しい。しかし、仕方のない事だった。俺は最近ぼんやりし過ぎていて、服部の行動を把握しきれていない。別に把握出来ていなくとも俺は困らないが(困るのは主に畑だ、俺じゃない)。

ベットから上体を起こした。制服から私服に着替えて、手前の空間を使っている服部の所まで歩いた。簡易キッチンを抜け、服部が使う場所に来てみれば案の定、服部は居なかった。

机の上には鞄が置かれていて、制服もワイシャツ以外は仕舞ってあるようだった。床に忘れ去られた様に落とされたワイシャツを拾い上げる。まさか服を着替える所でも忘れ癖が発揮されるとは夢にも思わなかった。

―こんこん

控え目なノックが部屋に響く。俺が服部の部屋に居なかったら、この控え目なノックは聞こえていたんだろうか。きっと無理だったに違いない。

服部のワイシャツをベットの上に放り出し、ドアの方へと歩みを進める。服部のワイシャツなんだ、自分でどうにかするだろ。知らないけど。クリーム色のドアを手前に、なるべく驚かさないように引いた。

「あれ、服部君の部屋に居たんだ?」

視界に飛び込むモカオレンジと白磁。線の細い小宮が、携帯を片手に首を傾げた。どうやら携帯から俺を呼び出そうと思っていたらしい。

「ああ…取り敢えず、上がれよ」
「はーい、おじゃましまーす」

ブランド物のスニーカーを脱ぎ、小宮が部屋に上がったのを見届けてから背中を返した。そのまま自分の部屋の方へと歩いていく。小さなロフトの様になっている自分の部屋の下、大きめのテーブルが置いてある場所を目指した。

「何で来たんだ?」
「服部君が小桜ちゃんに勉強教えてるんだよねー」
「…追い出されたのか?」
「自主的に。あの空間には居られませーん」

言いながら小宮が腰を降ろす。それから小宮が置いていった、脱力したような表情をしたクッション(うさぎもどきの形をしている、何とも間抜けなヤツだ)を抱きかかえる。それから手加減無しで横に引っ張った。

「…破けるぞ」
「だいじょーぶ! ちゃんと換えはあるから」
「…。」

大事にするつもりは毛頭無いらしい。何とも哀れな気がしなくもないが、俺達の部屋に置いていっている辺り、小宮なりに大事にしているようだった。以前、返しに行けば直ぐに壊すから持っていてと言われた覚えがある。

「…畑はもう忘れてるのか?」
「気にしない様にしてるみたいだよー」
「限度があるだろ」

思わず溜息が零れた。別にどうするかは畑の自由だから口出しはしないが、それでも気にしないフリは限界がある。受け流す事が出来なくなったら畑はどうするつもりだろう。

「限度は始まりだね」
「…。」
「駒井君も小桜ちゃんと同じ状態だもの」

間延びしなくなった小宮の声に、何も言えなかった。無言で冷たく笑う小宮を見つめ、俺の視線に小宮は自嘲する様に口元で弧を描く。見透かすような笑みだった。



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