半透明に曖昧 2



「だから!どうしてそー恥ずかしい事を言う!!」

昼休みの屋上で、畑が叫ぶ。昼食を食べ終えてもう寝る準備が万全な俺に、畑の声は失礼だが結構煩かった。見た目通りに体育会系の畑は、予想通りに声が大きい。きっと意識して出しているんじゃないんだろう。しかしでかい。

「?口説いちゃ駄目なの?」
「っやめろ!恥じらいを持て!!」
「畑は忍耐力を持ってよ、まあ照れて顔赤くする畑が見れるからそんなの要らないけど」

此処が屋上で良かったと切実に思う。色々と吹っ切れたらしい服部は、こうして俺達四人の時は必ずと言って良いほど畑を口説く。慣れていないらしい畑は、それが堪らなく嫌らしい。今も全力で拒否っている。

二人から目を離し、嘲笑うような目で二人を眺める小宮を見た。こういう表情の小宮は、去年何度か目にしたことがある。どんな些細な相談でも馬鹿にしない小宮が不意に見せるそれは、恋愛が関わると姿を見せていた。自覚があるのだろう小宮は、そう言った類の相談はやんわりと回避している。

「小宮」
「なにー?駒井君」
「助け求められてんぞ」
「やだなーホントは分かってるクセにー」

小宮の一言に思わず押し黙った。何のことだなんて白化ける事は、到底叶わない。恐らく気が付いてないのは畑自身のみだろう。それを見て見ぬ振りをする俺は狡いだろうか。

「ま、気付かないんじゃ論外だけど」

間延びしない声は、普段の小宮を知る人間なら必ず戸惑う。押し黙る俺に笑いかける小宮は常に何処かアンバランスだ。何時も何かが噛み合わない。

例えば真っ直ぐに伸びた背筋だとか、時折見せる諦観の表情だとか。間延びした話し方とは反する、染み入って分かり難い意志の頑なさは、巧妙に小宮自身に隠されている。その代わり曝された本音は冷徹で、隠すのも無理はないと感じてしまう。

今だって、決して小宮は畑が嫌いではないのに、むしろ大切な友達だと不意に伝えるのに、紡いだ言葉は否定的だ。

「手厳しいな」
「んー…でも事実だからさー」

モカオレンジの髪が風に靡いて攫われる。染めているのかと前に聞いたとき、返ってきた返答は否で。ああだからそんなに自然に感じるのかと一人納得したのは確か、去年の夏休みに入る前だった筈。

昔に思いを馳せていると、畑がとうとう我慢出来なくなったのか立ち上がった。屋上の出口に向かって走り出すその途中、大声で服部を罵倒する。一瞬で消えた姿は、陸上部期待のエースだった。走り逃げた畑の背中を、もう見えていないにも関わらず服部は見つめている。

「今日もアツーイ口説きだったねー」
「…馬鹿にしてる?」
「まさか!感心しただけだよー」
「なんでそう態と分かり易く嘘を吐くかな」

げっそりとした様子で、服部が項垂れた。片手で髪を掻き乱している。そんな服部を無視して、小宮は紙パックのお茶を啜った。炭酸系やジュースが嫌いだと知ったのは、出会って間もなくだ。

「何でもいいけど、これからもファイトー」

飲みかけの紙パックを片手に、小宮が屋上の出入り口に緩慢な速度で歩み寄る。ゆったりとした早さと、それに似つかわしくない奇麗な姿勢はやはりアンバランスだ。優雅とも取れる小宮の動作が嫌に目を引く。

小宮がドアの向こうに姿を消した瞬間、予鈴が鳴った。服部と顔を見合わせて居なくなった女子二人の後に続く。そっと、校庭を一瞥すれば、授業中の小宮一言が思考を埋め尽くした。



back - next
青いボクらは